アメリカのノースウェスタン大学(NWU)で行われた研究によって、レム睡眠中の人と現実世界の研究者がリアルタイムで双方向コミュニケーションを取ることが可能であることが示されました。
まるでSF映画のワンシーンのように、夢の世界と現実がつながった瞬間を科学的に捉えたこの手法は、従来の「起きてから夢日記に書き留める」方法では不可能だった、夢の内容をその場で正確に検証できる新たな枠組みを切り開きます。
果たして、この驚くべき成果は私たちの眠りと記憶、創造性への理解をどこまで変えるのでしょうか?
研究内容の詳細は『Current Biology』にて発表されました。
目次
- 断片的な“夢報告”研究の限界と新戦略
- 夢の中と外で“会話”が可能に
- 学習・治療・創造性に波及する可能性
断片的な“夢報告”研究の限界と新戦略

「昨日、どんな夢を見ましたか?」と聞かれても、多くの人はすぐには思い出せないものです。
思い出せたとしても、ぼんやりとした印象だけが残っていたり、肝心なところが抜け落ちていたりします。
これは夢の性質というより、睡眠中の脳が記憶を整理したり、新しい記憶をうまく作れなかったりすることに原因があります。
そのため、私たちは夢の内容を起きた後に思い出そうとしても、どうしても断片的で曖昧な記憶しか取り出すことができないのです。
ましてや、他人に正確に伝えることは困難を極めます。
このことは、夢を科学的に研究する人たちにとって長年の悩みでした。
研究者が知りたいのは、夢を見た本人が「夢から覚めて語る内容」ではなく、まさにその人が「夢を見ている瞬間に体験している内容」だからです。
しかし、私たちには「夢を見ている最中にその人とコミュニケーションをとる」方法など想像もつきませんでした。
ところが、ある科学者たちは驚くべき方法を思いつきました。
それは、夢を見ている本人に直接話しかけてしまう、という大胆で常識外れのアイデアです。
ここで鍵となるのが「明晰夢(めいせきむ)」という現象でした。
明晰夢とは、「今自分が見ているのは夢だ」と夢の中で自覚できている状態のことで、夢の世界にいながら、自分の意識をはっきりと保つことが可能になります。
もし夢の中にいる人が現実の人間とコミュニケーションできるなら、それはおそらく明晰夢の状態でこそ可能になるはずだ、と研究者たちは考えました。
とはいえ、ほとんどの人がこう思うでしょう。
「そんなことは無理に決まっている。眠っている人に声をかけたら、普通は目が覚めてしまうか、あるいはまったく聞こえないはずだ」と。
実際、研究を率いたノースウェスタン大学のケン・パラー教授自身も、「ほとんどの人は『無理だ』と思うでしょう。質問した瞬間に目覚めるか、理解できないはずだと。しかし結果は違いました」と、自らの驚きを隠しません。
研究チームは、この前代未聞の試みについて、「まるで別の惑星にいる宇宙飛行士と通信する方法を探すようなものだった」と語っています。
夢の世界は、現実とはまったく異なる、個人の記憶や想像から生み出された世界です。
しかし、もしもその夢の世界と現実世界をリアルタイムでつなぐ方法が見つかれば、夢の研究は大きく前進します。
夢を見ることの意味、私たちが眠っている間に脳で何が起こっているのか、そして記憶や創造性が睡眠とどう関係しているのかなど、これまで謎だった多くのことが解明できるかもしれません。
果たして夢の中の人とコミュニケーションは可能なのでしょうか?
夢の中と外で“会話”が可能に

夢の中の人とコミュニケーションはできるのか?
謎を解明するため、まず研究者たちは、アメリカのノースウェスタン大学を中心に、フランス、ドイツ、オランダという4か国にまたがる研究グループを結成しました。
合計36人の被験者が選ばれましたが、実験に参加するための重要な条件がひとつありました。
それは、夢を見ている間に「これは夢だ」と気付く「明晰夢」の経験がある、または事前にそのための訓練を受ける必要があるということでした。
まず被験者は、明晰夢を見るためのトレーニングや、夢の中で意識があることを知らせる方法を学びました。
具体的には、夢の中で左右に眼球を動かしたり、特定の筋肉(例えば頬や眉間)を動かすなどして、意識があることを現実世界の研究者に伝える練習を重ねました。
準備が整うと、実験室で実際に睡眠中の脳波や眼球運動、筋肉の活動を計測する装置を付け、被験者が眠るのを待ちました。
特に「レム睡眠」という、夢を見ているとされる睡眠段階に入ったことが確認されたら、いよいよ実験開始です。
本当に「夢の中」だったの?──実験の裏側をのぞく
「夢を見ている人と会話できた!」という驚きの研究結果ですが、これを聞いて「もしかして被験者は起きていて、ズルをしていたのでは?」と思った方もいるかもしれません。実は、この研究では被験者が本当に眠っているか、それとも目を覚ましてしまったのかを、脳波を使って入念に確認しています。一般的に、夢は「レム睡眠」と呼ばれる特殊な睡眠状態で起こることが知られています。レム睡眠中は、脳は活発に活動していますが、筋肉は完全に力が抜けて動かなくなります。このときに脳波を測ると、目覚めているときとは明らかに異なる特徴的なパターンが現れます。研究者たちは、被験者の頭部に電極を貼りつけて、脳の電気的活動(脳波)、目の動き(眼球運動)、顔やあごの筋肉の動きを記録しました。こうして測定したデータをもとに、専門家が睡眠の状態を判定します。具体的には、3名の専門家が、記録された脳波を見て、それがレム睡眠中なのか、それとも覚醒しているのかを評価しました。もし被験者が起きてズルをしていたとしたら、筋肉活動や脳波のパターンが覚醒状態と同じになってしまいます。そうなると専門家が見れば一目瞭然なのです。
研究者たちは、レム睡眠の状態にある被験者に対して、外からさまざまな質問を送りました。
面白いのはその方法です。
言葉で声をかけるだけではなく、まぶた越しに光を点滅させたり、短い音を鳴らしたり、指先に触れたりといった刺激を、あらかじめ決められたパターンで送ることで質問を伝えました。
被験者たちは事前にそのパターンを覚えているので、夢の中でその刺激を感じ取った時に、「今、質問されている!」と気付くことができたのです。
では、夢の中の人はどうやって返事をしたのでしょうか。
それは、先ほど練習していた眼球運動や顔の筋肉を使った合図です。
「はい」や「いいえ」なら眉間を動かしたり頬を動かしたり、数字の回答なら左右の眼球運動の回数で表現するというものでした。
研究者が特に用意した質問の多くは、単純な計算問題や回数を数えるといった「明確な正解があるもの」でした。
最も印象的な例は「8引く6は?」という簡単な算数の問題です。
夢を見ている被験者に対して「8引く6」と問いかけると、被験者は夢の中にいながら「2」という正しい答えを眼球運動の回数によって返してきました。
目覚めてから答えを言ったのではなく、夢を見ているまさにその瞬間に回答していたのです。
まさに、夢の中と現実がリアルタイムで結ばれた瞬間でした。
このような実験は複数のグループで何度も繰り返され、最終的に36人中6人の被験者が夢を見ながら質問に正しく答えることができました。
一見すると成功率は高くないように見えますが、夢の中にいる人と会話すること自体が前代未聞の試みであり、複数の研究機関で独立に成功した事実は画期的と評価されています。
研究チームは、この夢の中で現実とコミュニケーションが可能になる現象を「インタラクティブ・ドリーミング(対話型の夢)」と名付けました。
この研究結果に対し、研究リーダーであるパラー教授は、「ほとんどの人は『無理だ』と思うでしょう。質問した瞬間に目覚めるか、理解できないはずだと。しかし結果は違いました」と驚きを語っています。
このように「夢の世界」と「現実の世界」がリアルタイムでつながることが分かった今、私たちの夢に対する理解はどのように変わっていくのでしょうか?
学習・治療・創造性に波及する可能性

今回の研究によって、夢を見ている人と現実の人がリアルタイムでコミュニケーションできる可能性が示されました。
これは夢という不思議な体験の研究にとって、非常に大きな進展です。
なぜなら今まで夢の研究は、目が覚めた後に夢を思い出してもらい、その記憶を頼りにするしか方法がなかったからです。
しかし私たちが夢を思い出すとき、その内容は実際に体験したものとは違っていたり、大切なところが抜け落ちたりします。
今回の新しい手法を使えば、夢を見ているまさにその瞬間にコミュニケーションをとることが可能になるため、夢に関する情報がより正確で、鮮明に手に入ることが期待できます。
また、この研究は私たちが眠っている間の脳の働きについて、新しい可能性を示しています。
これまで眠りは、外の世界から遮断されて、記憶や感覚の入力がほぼ止まる状態だと考えられてきました。
ところが、今回の実験で眠っている人が質問に答えたり、簡単な計算問題を解いたりできるという事実は、眠っている脳もある程度外の情報を受け取り、処理できることを示しています。
これは睡眠中の脳の柔軟性や可能性が、私たちが思っていた以上に大きいことを意味しています。
研究者たちは、この夢と現実のコミュニケーションが可能になったことで、夢の内容をある程度コントロールしたり、夢の中で学習や記憶の強化をしたりする応用ができるのではないかと期待しています。
例えば、トラウマや悪夢に苦しんでいる人が夢の中で専門家と会話をすることで、症状を和らげる治療法として応用できる可能性があります。
また、クリエイティブな活動をしている人が夢の中でアイデアを膨らませたり、練習が難しいようなスポーツや楽器の練習を夢の中で行ったりすることも、理論上は可能になるかもしれません。
しかし一方で、今回の研究はまだ多くの謎を残しています。
特に重要なのは、眠っている脳がなぜ外の世界とのコミュニケーションを可能にするのか、その詳しい仕組みがまだ分かっていないということです。
研究者が考えている面白い仮説の一つに「部分的な睡眠状態」というものがあります。
これは脳全体が完全に眠っているわけではなく、一部の領域は眠っていても、他の領域は起きているかのように働いている可能性があるという考え方です。
実際、夢を見ているときの脳波は、眠りと覚醒の両方の特徴を併せ持つことが知られています。
今回の実験で夢の中にいる被験者が質問を理解し、回答を返した背景には、脳内の一部が起きているときに近い状態になっているからかもしれません。
もしこの仮説が正しければ、私たちが思っている以上に、脳の「眠り」と「覚醒」は明確に区別できない複雑な現象であることになります。
これらの疑問に答えるためには、さらに詳しい研究が必要です。
ただし、今回の成果によって夢という不思議な現象が科学的に研究可能な対象となり、研究の可能性は一気に広がりました。
もしかしたら未来の世界では、私たちは自分の夢の中で自在にコミュニケーションを取れるようになっているかもしれません。
元論文
Real-time dialogue between experimenters and dreamers during REM sleep
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.01.026
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部