世の中には「捨てるに捨てられないゴミ」というものが存在します。
電気自動車などに使われるリチウム金属の廃材もその一つです。
使用済みのリチウム金属は水や湿気と触れると激しく反応して発熱し、時には煙を上げて燃えることもある危険な物質です。
現在はその高い反応性ゆえに安全に廃棄することもリサイクルすることも難しく、まるで扱い損ねた花火のように厄介者扱いされてきました。
しかし、アメリカのウースター工科大学(WPI)で行われた研究により、除光液などに含まれる身近な有機溶媒「アセトン」に、ごく微量の水を加えることで、この厄介なリチウム金属廃材を安全かつ簡単に有用な資源に変える方法が報告されました。
この条件下でリチウム金属は穏やかに反応を起こし、最終的に純度99.79%という高品質の炭酸リチウム(Li₂CO₃)として回収され、使用済みの危険な廃棄物を安全な電池材料へと再利用する道筋が示されました。
果たして、この画期的な自己駆動リサイクル技術は私たちの未来を変えることができるのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年9月22日に『Joule』にて発表されました。
目次
- 『安全上の負債』、使用済みリチウム電池が抱える深刻な問題
- リチウム電池を『飼いならす』新技術、穏やかな反応の秘密
- 「リチウム金属の自己リサイクル技術はアルカリ電池にも応用可能
『安全上の負債』、使用済みリチウム電池が抱える深刻な問題

リチウム金属は高性能な電池を支える救世主になり得る素材ですが、その反面、使い終わった後の安全な処理法が確立していないのが現状でした。
充放電を繰り返したリチウム金属の表面には、細長い針状の結晶「デンドライト(樹状突起)」が無数に伸びます。
このデンドライトは電池性能を低下させるだけでなく、内部でショートを引き起こし発火の原因にもなり得ます。
さらに困るのは、電池を廃棄・リサイクルしようとする際です。
使い終わったリチウム金属負極は非常に反応性が高く、空気中の湿気や水と激しく反応します。
言わば「安全上の負債」を抱えた危険物で、下手に手を出せば発火や爆発を招きかねませんし、かといってそのまま放置すれば空気中の湿気と反応していずれ発火するリスクがあります。
コラム:世界には何個のリチウム電池があるのか?
私たちが日常で使っているスマホ、ノートパソコン、電気自動車、電動自転車、さらには電動工具やバックアップ電源――これらすべてに使われているリチウム電池。その総数は、いったいどのくらいあるのでしょうか?スマホだけでも世界には70億台前後あるとされ、その多くがリチウムイオン電池を搭載しています。さらに、電気自動車(EV)の保有台数は5,000〜6,000万台規模。加えて、電動自転車(Eバイク)は世界で1〜3億台規模と推定されます。これらにパソコン・タブレット・電動工具・スマート機器などを加えると、日常利用中のリチウム電池の“稼働中個数”は80〜100億個程度になると見積もられます。さらに使われずに“引き出しで眠っているスマホ端末”などを含めると、総数はもっと膨らみます。業界推計ではこれを加えると120〜170億個規模に達する可能性も指摘されます。もちろんこれはあくまで概算であり、流通・廃棄・重複カウントなどの不確定要素によって増減しますが、私たちの生活と産業を支えるインフラとして、非常に巨大な“電池アーセナル(倉庫群)”が世界中に存在している、という実感は持てるはずです。
では、この使用済みリチウム金属を安全に処理・再利用する方法はあるのでしょうか?
従来から、水などの液体に浸してリチウムを中和する手法自体は考えられてきました。
しかし水と直接反応させる方法では、反応が激しすぎて発熱や可燃性の水素ガスが発生し、大量処理には向きません。
リチウム金属電池はこれから社会に広く普及すると見込まれていますが、そのリサイクル技術はいまだ手探りの段階でした。
そこでウースター工科大学(WPI)の研究チームは、この難題に対し「逆転の発想」とも言えるアプローチで挑みました。
「毒を以て毒を制す」といった考え方で、危険物であるリチウムの反応性そのものを逆手に取り、安全に処理できないかと考えたのです。
安全性と効率を両立し、使い終わったリチウム金属を丸ごと有用資源に変える――そんな都合のよい解決策は存在するのでしょうか?
リチウム電池を『飼いならす』新技術、穏やかな反応の秘密

使い終わったリチウム金属を安全に資源に変えるにはどうしたらいいのでしょうか。
鍵となったのは、意外にも身近な有機溶媒であるアセトンでした。
アセトンは除光液などにも使われる身近な液体ですが、市販品でも1%未満(実測で約0.41%)の微量な水分を含んでいます。
研究チームはこの微量の水に着目しました。
ほんの少しの水を混ぜたアセトンに使用済みリチウム金属を浸すと、リチウムは激しい反応を起こさず、表面に白いフワフワとした沈殿物をまといながら泡を出し始めました。
この沈殿の正体は、水との反応でできた水酸化リチウム(LiOH)です。
水が坂道に撒かれた鎮静剤のような役割を果たし、暴れん坊のリチウムをゆっくりと飼いならすように、もっとも反応性の高いトゲトゲしたデンドライト部分から穏やかに消費していきます。
この段階では反応が遅いため、温度上昇は抑えられ、安全性の向上が示唆されました。
こうして生成した水酸化リチウムは、次に触媒(反応を促進する物質)として働きます。
アセトン分子同士が結合してジアセトンアルコール(DAA)という物質が生まれるアルドール縮合という反応を引き起こしました。
興味深いことに、こうしてできたDAAは再び残りのリチウム金属と反応し始めます。
リチウムが消費されるぶんDAAがさらに生成されるため、反応はあたかもリチウム自身が自分を溶かし続けるかのように進み、最終的に大きな外部加熱なく主変換段階は主に自己駆動で、すべてのリチウム金属が反応し尽くすまでこの連続反応が進行します。
こうしてリチウム金属は最終的に安全な化合物へと完全に姿を変えました。
生成物として残るのは炭酸リチウム(Li₂CO₃)と水酸化リチウムが主成分です。
ここで少量の水を加えて中間生成物を分解し、乾燥と加熱によって水酸化リチウムも炭酸リチウムに変化します。
つまり、廃棄寸前だった金属リチウムがすべて炭酸リチウムという有用な形に生まれ変わるのです。
このように回収された炭酸リチウムは、重量純度99.79%という極めて高い品質でした。
これは電池材料としての基準(99.50%)を上回り、市販の精製炭酸リチウムにも匹敵します。
さらに回収した炭酸リチウムからNMC622(ニッケル、マンガン、コバルトを含むリチウム酸化物)という正極材料を合成し、実際に電池セルを作って性能をテストしたところ、市販品と同等の電気化学性能を示しました。
つまり本手法によって得られた再生リチウムは、品質的にも新しく採掘・精製されたものと遜色ないことが確かめられたのです。
安全性と持続可能性の面でも有望な結果が得られています。
本手法では1キログラムの炭酸リチウムを回収するのに約42.45メガジュールのエネルギー消費と、原料1kgあたり2.735kgの温室効果ガス排出で済み、これは他の既存リサイクル法よりも低い値でした。
高圧の記載はなく、加熱は最大で約350℃であるため、規模の拡大にも向けた実証結果を示し、研究チームはこの方法の実用性と経済性を試算で示しました。
言い換えれば、扱いの難しかったリチウム金属廃材が「自分の毒を自分で消し去る」形で無害化され、しかも貴重なリチウム資源を無駄にせず回収できたというわけです。
「リチウム金属の自己リサイクル技術はアルカリ電池にも応用可能

今回の研究によって、危険な廃電池の中でリチウムが自ら穏やかな反応を起こし、気がつけば有用な電池材料へと生まれ変わわるための方策が示され今後本格化するであろう次世代電池(リチウム金属電池や全固体電池)のリサイクルに光明が差し込みました。
使用済みの電池からリチウムを回収して再利用できれば、新たなリチウム採掘への依存を減らし、電池製造コストや環境負荷の低減にもつながるでしょう。
本手法はバッテリー業界の差し迫った課題に対する効果的な解決策です。
安全上の負債を回収の原動力に変えることで、実用的で持続可能な未来の構築に不可欠なプロセスを生み出したとされています。
もっとも、今回の成果は研究室レベルでの検証であり、工業規模で大量の使用済み電池を処理する際には、反応の制御やコストなど乗り越えるべき課題も残されています。
それでも危険ゆえに扱いづらかったリチウム金属を、安全かつ循環型に資源化できる道筋を示した意義は大きいでしょう。
実際、本研究のような塩基触媒を利用した「自己駆動」型の反応は、ナトリウムなど他のアルカリ金属電池のリサイクルにも応用できる可能性があります。
元論文
Self-driven aldol condensation enabling high-purity Li2CO3 recovery from spent lithium metal anodes
https://doi.org/10.1016/j.joule.2025.102136
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部