道端で見かけた可愛い猫の柄が、実は新発見で、しかも遺伝的に特異なものだったとしたら、ちょっと驚きですよね。
実はそんな出来事が、北欧フィンランドで実際に起きたのです。
フィンランドのヘルシンキ大学(University of Helsinki)の研究によって、従来のタキシード模様とは一線を画す新たな毛色「サルミアッキ」の遺伝的背景が解明されました。
毛先に向けて徐々に色が薄まる独特のグラデーションを持つこの毛色が、遺伝子の突然変異によって引き起こされることが明らかになり、世界中の「ネコ好き」の注目を集めたのです。
研究内容の詳細は、2024年5月9日付の『Animal Genetics』誌にて発表されました。
目次
- フィンランドのネコの新しい柄「サルミアッキ」が登場
- ネコのサルミアッキ柄の原因は、予想外の「遺伝子の突然変異」にあった
フィンランドのネコの新しい柄「サルミアッキ」が登場

2007年、フィンランドのある地域で”ある猫”が発見されました。
その毛色は、通常「タキシード模様」として知られる白黒のコントラストが強い配色とはいくらか異なるものでした。
タキシード模様とは、猫の顔から胸、前足、お腹にかけて白い毛が入り、まるで黒いスーツに白いシャツを着ているかのように見える配色です。
上品でクラシックな印象を与えるため、古くから多くの愛猫家に親しまれています。

今回注目された猫は、一般的なタキシード模様を基調としているものの、根元はしっかりと色づいている一方で、毛先に向かって次第に色が薄くなり、尻尾の先端は白くなるという独特のグラデーションを示していました。
この独特の毛色と模様は、北欧で親しまれる伝統菓子「サルミアッキ」に喩えられ、実際に「サルミアッキ」の名で呼ばれるようになりました。
ちなみに、伝統菓子のサルミアッキは強い塩味とアンモニア臭を特徴としており、味は「ゴムに塩と砂糖をまぶしたようだ」と表現されることもあります。
この独特の飴は、「世界一不味い飴」と評される一方、フィンランド人の中には「食べないと禁断症状が起きる」と言うほど好む人もいます。

ネコの「サルミアッキ」では、その独特な色と模様に対して「賛否が強く分かれる」というよりも、むしろ「見た人からは好評」のようです。
では、この模様のネコはどのようにして誕生したのでしょうか。
フィンランドの生物学者の間では、これが単なる偶然の産物ではなく、遺伝子による必然的な現象である可能性について議論が深められました。
特に注目されたのは、このグラデーションが常に同じパターンで現れ、複数の個体で再現性を持っている点でした。
これは遺伝的要因の存在を強く示唆するものであり、研究者たちはこの柄の遺伝的基盤の解明を目指すことになりました。
ネコのサルミアッキ柄の原因は、予想外の「遺伝子の突然変異」にあった
ネコの色は、主に黒(または濃色)とオレンジ(または赤系統)の2種類の色素から生じています。
つまり、私たちが見かけるネコの様々な色や模様は、希釈遺伝子によって薄くなったものや、それらの多様な組み合わせにより成立しています。
そのため研究チームは、サルミアッキも同様に希釈遺伝子が原因だと考えていました。
そこで研究チームはまず、サルミアッキ柄のネコ4匹を対象に、既知の白毛関連変異(W、WS、wg変異)の有無を確認しました。
しかし、すべての個体ににおいて、いずれの変異も認められませんでした。
そこでチームは、さらなる手がかりを求めてサルミアッキ柄のネコ2匹の全ゲノム解析に踏み切りました。

解析の結果、KIT遺伝子(毛色の発現を左右する重要な遺伝子)の下流約65 kbの領域に、約95 kbに及ぶ大きな欠失、すなわち変異が存在することが判明しました。
つまりサルミアッキ柄は、従来の柄の原因となる希釈遺伝子のすぐ近くの遺伝子配列に変異が生じていることが原因だったのです。
この欠失によって、毛根近くでは色素の発現が維持される一方、毛先では発現が低下。独特のグラデーションが生じると考えられます。
研究チームは、この考えを検証するために、別の181匹のネコを検査。
この失われた配列がサルミアッキ柄の原因であることを確かめることができました。
しかも研究では、この変異が「劣性遺伝」であることも分かりました。
劣性遺伝とは、両親から同一の変異型を受け継がなければ表現型が現れない遺伝形式のことであり、これがサルミアッキ柄のネコが一般的ではなかった理由だと言えます。
今回の発見は、従来の毛色変異に関する知見を更新するものであり、KIT遺伝子周辺の構造変異のメカニズムが他の家畜種(例:ウシ、ヤギ、馬)にも働いている可能性を示唆しています。
これにより、今後の品種改良、さらには皮膚や色素異常の分野における新たな応用が期待されます。
新たな柄「サルミアッキ」の登場は、動物の模様の可能性を広げることになりました。
飴のサルミアッキはともかく、猫のサルミアッキは多くの人から好まれるはずです。
参考文献
Genetic Mutation Gives Cats a ‘Salty Liquorice’ Coat Colour
https://mycatdna.com/blogs/news/genetic-mutation-gives-cats-a-salty-liquorice-coat-colour
A New Cat Color Is Defying Genetic Expectations
https://www.popularmechanics.com/science/a64323622/new-cat-color-discovered/
元論文
A new Finnish flavor of feline coat coloration, “salmiak,” is associated with a 95-kb deletion downstream of the KIT gene
https://doi.org/10.1111/age.13438
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部