匂いでパーキンソン病を予知できる女性、その驚異の嗅覚能力とは?

匂い

パーキンソン病は、手足の震えや動作の緩慢といった運動機能に障害が生じる神経変性疾患です。

しかし実は、それらの症状が現れるよりずっと前に、患者が発する「匂い」に変化が起きていることがわかっています。

ただその匂いは極めて微妙な変化でしかなく、普通の人では絶対に気付きません。

ところが、この匂いを嗅ぎ分け、医師たちが気づくよりも早くパーキンソン病を察知できる女性がいるのです。

それがスコットランド在住の看護師、ジョイ・ミルン(Joy Milne)さんです。

その驚くべき嗅覚能力に、世界中の医師たちが注目しています。

目次

  • パーキンソン病と診断される17年前に気づいていた
  • パーキンソン病の「匂いの正体」を突き止める

パーキンソン病と診断される17年前に気づいていた

ジョイ・ミルンさん(75歳)は、スコットランド出身の元看護師です。

彼女は生まれつき「嗅覚過敏症(ハイパーオスミア)」という、匂いに対する感度が極めて高い体質を持っていました。

そんなある日、ジョイさんは夫レスさんの体臭がじゃこうのような苦くて渋いワックス臭に変わったことに気づきます。

それから夫に特に変わった様子は見られなかったものの、次第に運動機能に異変が現れ始め、医師により正式にパーキンソン病と診断されたのです。

しかし、レスさんに診断が下されたのは、ジョイさんが匂いの変化に気づいてから実に17年も経った後のことでした。

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ジョイさんと夫のレスさん/ Credit: This nurse can smell Parkinson’s disease | Joy Milne | TEDxManchester(2023)

ジョイさんは「当時は夫の匂いの変化の意味がわからなかったものの、後にパーキンソン病と診断されたとき、すべての謎が解けたのです」と話しています。

さらに彼女は、パーキンソン病患者たちが集う支援グループの場でも、同じ独特な匂いを再び嗅ぎ取っていました。

これは単なる偶然ではないと確信したジョイさんは、科学者たちと手を組むことになります。

2013年、マンチェスター大学の化学者パーディタ・バラン教授と出会ったジョイさんは、ある実験に挑戦しました。

それはパーキンソン病患者と健常者が一晩着たTシャツを嗅ぎ分けるというものです。

その結果、ジョイさんはほぼ完璧に両者の匂いを正しく識別することに成功しました。

ただ一枚だけ、対照群(健康な人)のTシャツをパーキンソン病患者のものと誤認しています。

ところが驚くべきことに、匂いを誤認されたその人は実験から9カ月後にパーキンソン病と診断されたのです。

つまりジョイさんの鼻は、未来に起こる病の兆しさえも嗅ぎ取っていたのです。

このエピソードをきっかけに、科学は彼女の嗅覚に追いつこうと本格的な研究に乗り出しました。

パーキンソン病の「匂いの正体」を突き止める

では、パーキンソン病は一体どんな匂いを発しているのでしょうか。

研究の結果、パーキンソン病は皮膚から分泌される皮脂にわずかな変化をもたらすことがわかりました。

特に額、背中、頭皮といった皮脂の多い部位から独特な匂い成分が発せられていることが、ジョイさんとの共同研究で突き止められたのです。

その成分のひとつに、ワックス状でかび臭い香りを持つ「オクタデカン酸メチルエステル」という分子が含まれていました。

バラン教授のチームは、皮膚を綿棒で軽く拭き取り、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)という手法で成分を分析。

その結果、約27,000もの分子特徴が検出され、そのうち約10%がパーキンソン病患者で特異的に変化していることが判明しました。

つまり、単一の”パーキンソン分子”が存在するわけではなく、病気に伴う複雑なパターンの変化を、ジョイさんの超人的な嗅覚は嗅ぎ分けていたのです。

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2023年3月、TED Talksに登壇したジョイさん/ Credit: This nurse can smell Parkinson’s disease | Joy Milne | TEDxManchester(2023)

これまで皮脂が診断ツールになるとは誰も考えたことがありませんでした。

しかしバラン教授は「皮脂が個々の病態や治療効果までも反映している」と指摘し、その重要性を強調しています。

現在では、ジョイさんの嗅覚能力にヒントを得て、人工鼻や訓練犬、さらにはAIを用いたシステムの開発も進んでいます。

たとえば、医療探知犬団体「Medical Detection Dogs」との共同研究では、ゴールデンレトリバーとラブラドールのミックス犬「ピーナッツ」が、ジョイさんに匹敵する嗅ぎ分け能力を示しました。

また、バラン教授は「セボミックス社(Sebomix Ltd)」を設立し、採取した皮脂を使った診断法の確立に取り組んでいます。

こうした新たな検査方法は、発症の何年も前にパーキンソン病を検出できる可能性を秘めているのです。

ジョイさんの驚異的な嗅覚と、それを科学の力で応用しようとする挑戦は、私たちに”匂い”という新たな健康指標の可能性を教えてくれています。

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参考文献

She Can Smell Parkinson’s—Now Scientists Are Turning It Into a Skin Swab
https://www.zmescience.com/science/news-science/she-can-smell-parkinsons-now-scientists-are-turning-it-into-a-skin-swab/

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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