偽情報の免疫力を社会につける!「心理的ワクチン」という新しい対策

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インターネットとSNSの普及により、私たちはかつてないほどの情報に囲まれています。

しかし、そのすべてが真実とは限りません。

SNSの投稿、ネットニュース、動画コンテンツ、その中には誤った情報や、巧妙に仕組まれた偽情報が紛れ込んでいます。

こうした情報がもたらす影響は計り知れません。

新型コロナウイルスのワクチンに関するデマが広がったことで接種率が低下し、結果的に多くの命が危険にさらされたり、政治の世界でも、フェイクニュースが選挙結果を左右するほどの影響力を持つようになっています。

情報の信頼性が揺らぐと、社会そのものが不安定になり、人々の判断を誤らせてしまう可能性があります。

こうした問題に対処するため、これまでにさまざまな対策が考えられてきました。

例えば、SNSプラットフォームによる偽情報の削除や、ファクトチェック機関による検証などです。

しかし、こうした方法には課題もあります。

情報を削除する行為は表現の自由を侵害する可能性があり、ファクトチェックが追いつかないケースも少なくありません。

では、どうすれば偽情報の脅威から社会全体を守ることができるのでしょうか?

そこで注目されているのが、「情報に対する免疫力」をつけるための「心理的予防接種(inoculation theory)」という考え方です。

これは、ワクチンが病気に対する免疫を作るのと同じように、あらかじめ「弱めの偽情報」に触れることで、実際の偽情報に騙されにくくするという方法です。

しかし、従来の研究では、心理学的予防接種の効果が時間の経過とともに薄れてしまうことが指摘されていました。

では、どのようにすれば偽情報に対する耐性を長く維持できるのでしょうか?

この課題を解決するために考案されたのが、「心理学的ブースターショット」です。

この研究は、オックスフォード大学やケンブリッジ大学をはじめとする国際的な研究チームによって行われ、2025年3月に『Nature Communications』に掲載されています。

目次

  • 偽情報に対する社会の免疫力を強化する心理的予防接種
  • 社会全体の偽情報耐性を高めるために

偽情報に対する社会の免疫力を強化する心理的予防接種

情報にもワクチンが必要/Credit:canva

偽情報に対抗する手法として、近年注目されているのが「心理的予防接種(inoculation theory)」です。

これはウイルスに対するワクチンと同じように、あらかじめ弱い偽情報に触れることで、実際に強力な偽情報に遭遇した際に騙されにくくするというものです。

これまでの研究では、テキストベースの教育、ゲーム形式のトレーニング、動画コンテンツを活用した手法が試されてきました。

例えば、テキストを用いた教育では、偽情報の典型的なパターンを解説し、論理の欠陥を指摘することで、受け手が冷静に情報を評価できるようになります。

ゲーム形式のトレーニングでは、「Bad News」というゲームを通じて、プレイヤーが実際に偽情報を作成し、その過程を体験することで、デマの手口を学ぶことができます。

さらに、短い動画を活用した教育では、視聴者が手軽に学びながら、偽情報を見抜くためのスキルを養うことができます。

しかし、すべての手法に共通して、時間の経過とともに効果が薄れてしまうという課題がありました。

特に、ゲーム形式のアプローチは即効性があるものの、持続性が低いことが分かっています。

つまり、一度学んだからといって、その効果が永久に続くわけではなく、時間の経過とともに再び偽情報の影響を受けやすくなってしまうのです。

今回の研究は、この課題に対する新たな視点を提供しました。

それが、「心理的ブースターショット」という考え方です。

ブースターショットとは、医療においてワクチン接種後に免疫が低下する問題に対処するため、一定期間を空けて追加接種することを指します。

偽情報に対する耐性を長期間維持するた際にも、医療の場合と同様に定期的な「再学習」が有効かもしれないのです。

社会全体の偽情報耐性を高めるために

研究チームは、一定期間が経過した後に再度学習を行う「ブースターショット」の効果を検証しました。

10日後、あるグループには追加の学習機会としてクイズ形式の復習や短縮版の「Bad News」ゲームを実施し、もう一方のグループには「偽情報の危険性」を強調するだけの警告メッセージを提示しました。

その結果、ブースターショットを受けたグループでは、1か月後でも偽情報への耐性が高く維持されていたのです。

対して、単なる警告メッセージを受けたグループでは耐性が急激に低下していました。

つまり偽情報への警戒には、単なる警告を出しているだけでは効果がなく、記憶を定着させる適切な形での学習が繰り返し必要であることを示唆しています。

今回の研究の意義は、単に偽情報に対するワクチン的アプローチを示しただけではなく、それを持続可能な形で社会全体に根付かせる方法を示した点にあります。

偽情報対策の鍵は、一度学んで終わりではなく、継続的に情報リテラシーを維持し、社会全体の免疫力を高めることです。

そのために、ニュースアプリやSNSの通知機能を活用し、定期的に偽情報を見抜くトレーニングを提供することが考えられます。

例えば、信頼できるメディアが短い教育動画を配信し、ユーザーが自然に情報耐性を鍛えられる環境を整えることで、持続的な学習が可能になります。

また、企業や教育機関が研修や授業の一環として、このような心理的予防接種の考え方を取り入れることで、社会全体の情報リテラシーを向上させることができます。

特に、若年層が早い段階で偽情報に対する耐性を身につけることができれば、長期的な偽情報対策として極めて有効です。

重要なのは、こうしたアプローチが情報の規制ではなく、人々が自ら情報の正誤を判断できる力を育むという点です。

偽情報の拡散を防ぐには、単に情報の規制を強めるのではなく、社会全体で「偽情報に対する免疫力」をつけることが不可欠なのです。

行政がこうした対策を徹底するためには、放送、出版、エンターテインメント業界などと協力して、人々が自然と偽情報に疑問を持つトレーニングを繰り返せる環境を作ることが必要かもしれません。

情報の免疫力を社会に根付かせるために

Credit:canva

私たちは、日々大量の情報にさらされています。

その中には偽情報も混ざっており、私たちの判断を誤らせようとしています。

こうした状況の中で、情報を規制するのではなく、一人ひとりが情報を見極める力を持つことが何よりも重要です。

今回の研究が示したのは、単に偽情報に対するワクチン的アプローチが有効であるというだけでなく、その効果を持続させるために、継続的な学習や社会全体の仕組み作りが必要であるという点でした。

情報リテラシーの向上と、それを社会に定着させるための継続的な学び——この組み合わせこそが、表現の自由を守りながら偽情報の拡散を抑える最善の方法なのかもしれません。

情報の波に流されるのではなく、社会全体で舵を取り、真実を見極める力を育てていきましょう。

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参考文献

New research reveals psychological booster shots can strengthen resistance against misinformation

https://www.ox.ac.uk/news/2025-03-11/new-research-reveals-psychological-booster-shots-can-strengthen-resistance
https://www.ox.ac.uk/news/2025-03-11-new-research-reveals-psychological-booster-shots-can-strengthen-resistance

元論文

Psychological booster shots can strengthen resistance against misinformationhttps://doi.org/10.1038/s41467-025-57205-x

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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