皆さんには「生きがい」や「目標」があるでしょうか?
仕事、家族、趣味、夢、誰かの役に立つこと――人それぞれが持つ人生の目的。
この“目的意識”が、実は加齢による脳の衰えや認知症のリスク低減に強く関わっているとする研究結果が、米カリフォルニア大学デービス校(UCD)から発表されました。
では、どんな仕組みで「目的意識」が脳を守ってくれるのでしょうか?
研究の詳細は2025年10月の学術誌『American Journal of Geriatric Psychiatry』に掲載されています。
目次
- 人生の目的意識が脳を保護する?
- どんな活動に「生きがい」を感じるのか?
人生の目的意識が脳を保護する?
認知症は高齢化社会の最大の悩みの一つです。
しかしそんな中、研究チームは「生きがい」や「人生の目的意識」を持つことが、脳の健康維持に意外なほど強い効果をもたらすことを明らかにしました。
この研究は、全米で実施された高齢者の健康調査「Health and Retirement Study」に参加した45歳以上の1万3,000人超を、最大15年間にわたり追跡したものです。
参加者には「自分の人生に目的や方向性を感じているか」「計画的に行動しているか」など、目的意識や心理的ウェルビーイングを測るアンケートが実施されました。
これらのスコアが高い人は、認知症や軽度認知障害の発症リスクが約28%も低下していたのです。
この効果は、年齢や性別、教育歴、うつ症状、さらにアルツハイマー病のリスク遺伝子(APOE4)を考慮しても有意に残りました。
「目的意識を持つことで、加齢による脳のレジリエンス(回復力)が維持されるのです」と、精神科医のアリーザ・ウィンゴ教授は語っています。
実際、アルツハイマー病の遺伝的リスクが高い人でさえ、目的意識を持っている場合には認知症の発症が遅くなり、リスクも低減していました。
さらに興味深いのは、目的意識が高い人では、認知機能の低下が「発症そのもの」も遅れる傾向があったことです。
この“遅延効果”は平均で1.4カ月程度と控えめですが、薬物治療と比較しても意味のある差であると研究者は述べています。
どんな活動に「生きがい」を感じるのか?
では、「目的意識」や「生きがい」はどこから生まれるのでしょうか?
今回の研究では、特定の活動内容は尋ねていませんが、過去の高齢者研究や“ブルーゾーン”の調査から、さまざまな活動が「目的意識」の源になることが分かっています。
・家族や人間関係:子や孫の世話、配偶者や友人との交流
・仕事やボランティア:退職後も働く、地域活動、後進への指導
・趣味や学び:新しいスキル習得、長年の趣味、個人的な目標設定
・他者への貢献:介護や支援、社会貢献、慈善活動
これらの活動を通じて「自分はまだ役割を持っている」「誰かの役に立っている」「成長し続けている」と実感できることが、“目的意識”を育みます。
この感覚が、脳の活性化やストレス軽減、社会的な孤立の防止などを通じて、認知症の予防につながっている可能性が示唆されます。
一方で、研究は「目的意識が高いから認知症になりにくい」という因果関係を証明したものではありません。
しかし、薬剤による治療と比べて「生きがい」は無料で安全、誰もが今からでも始められる“脳の健康法”です。
公衆衛生学者のニコラス・ハワード氏は「人生の目的意識は人間関係や目標、意味ある活動から誰でも作り出せる」と強調しています。
人生の目的を持つことは、早すぎることも遅すぎることもないのです。
参考文献
Your Life’s Purpose Could Be Keeping Dementia at Bay, Study Finds
https://www.sciencealert.com/your-lifes-purpose-could-be-keeping-dementia-at-bay-study-finds
Having a sense of purpose may protect against dementia
https://health.ucdavis.edu/news/headlines/having-a-sense-of-purpose-may-protect-against-dementia/2025/08
元論文
Life Purpose Lowers Risk for Cognitive Impairment in a United States Population-Based Cohort
https://doi.org/10.1016/j.jagp.2025.05.009
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部