「ミイラ」と聞くと、古代エジプトや南米チリの遺跡を思い浮かべる方が多いかもしれません。
ピラミッドの奥で眠るファラオのミイラや、砂漠の乾燥地帯で自然に残ったミイラは世界的にも有名です。
しかし今回、世界の常識を覆すような“最古のミイラ”が、まったく別の地域――東南アジアや中国南部――から発見されました。
オーストラリア国立大学(ANU)らの調査によると、そのミイラの年代はなんと最大で1万2千年前。
これは、これまで最古とされてきたチリのチンチョーロ文化(約7000年前)や、古代エジプトの王たち(約4500年前)よりもはるかに古い時代です。
しかも、そのミイラの作られ方も、私たちが知る一般的なものとは大きく違っていました。
研究の詳細は2025年9月15日付で学術誌『PNAS』に掲載されています。
目次
- 世界最古のミイラを発見!
- 現代に続く「燻製ミイラ」の文化
世界最古のミイラを発見!
今回の発見の舞台となったのは、中国南部やベトナム北部を中心とした東南アジア一帯の洞窟や遺跡です。
国際研究チームは、ここで出土したおよそ1万2000年前から4000年前にかけての多数の埋葬人骨を調査しました。
その多くは「しゃがんだ姿勢」や「うずくまった姿勢」で、遺体はきつく縛られ、とても小さく折りたたまれていました。
当初、研究者たちはこの異様な埋葬姿勢の理由がわかりませんでした。
自然に遺体が腐敗しただけでは、このような極端なポーズにはなりません。
さらに遺骨の一部には焦げた痕や切断痕が見つかり、「何か特別な処理が行われていたのでは?」という疑問が生まれました。
そこで注目されたのが「火」と「煙」です。
チームは、遺骨のごく小さな断片を分析し、熱や煙による化学変化を詳細に調べました。
その結果、遺骨の約8割以上で、火や煙による“燻製”の痕跡が発見されたのです。
※ こちらはインドネシア・パプアの民家に保管されている燻製ミイラの例。(2019年1月撮影)
しかも、その加熱は一部の骨(頭や四肢の端など)に集中し、全身が均一に焼かれているわけではありませんでした。
この発見は、ただの焼却や自然腐敗とは明らかに異なる「人為的なミイラ化」――とくに「煙による燻製ミイラ化」――が、東南アジアの狩猟採集民によって1万年以上も前から行われていたことを示しています。
現代に続く「燻製ミイラ」の文化
この燻製ミイラ化の技術は、現代の一部の民族にも脈々と受け継がれています。
例えば、パプアニューギニア高地に住むダニ族や、オーストラリア先住民の一部のグループでは、今なお「死者を煙で燻して保存する」葬送儀礼が続いています。
遺体は強く縛られ、火の上で何週間もじっくり燻されて真っ黒に乾燥し、家の中や特別な場所で長く大切に保管されるのです。
なぜ、こうした「煙のミイラ化」が広い地域で受け継がれたのでしょうか?
それは単に保存のためだけでなく、「祖先と生きている者とのつながりを保つ」という精神的な意味があったと考えられます。
現代のパプアの人々の間でも、「祖先の魂は夜になるとミイラの体に戻ってくる」と信じられている地域もあるのです。
さらに、遺骨に残る切断痕や“ばらばら”になった骨の配置も、死後の体液排出や、燻製の工程、あるいは儀礼的な目的によるものと考えられています。
単なる解体ではなく、「祖先を永くそばに置く」ための複雑な技術と信仰が重なり合っていたのです。
こうした「燻製ミイラ」は、現代でも民族的・文化的な多様性を物語る貴重な存在であり、人類の死生観や先祖崇拝の起源を探る上で重要なヒントを与えてくれます。
参考文献
Oldest Human Mummies Discovered, And They’re Not What We Expected
https://www.sciencealert.com/oldest-human-mummies-discovered-and-theyre-not-what-we-expected
The oldest mummies in the world may hail from southeastern Asia and date back 12,000 years
https://phys.org/news/2025-09-oldest-mummies-world-hail-southeastern.html
元論文
Earliest evidence of smoke-dried mummification: More than 10,000 years ago in southern China and Southeast Asia
https://doi.org/10.1073/pnas.2515103122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部