「若い時期は幸福が高く、中年期になると不幸のどん底に落ちて、高齢期になるとまた幸福度が高まる」
人生の満足度は年齢とともにU字を描く、というのがこれまでの長年の定説でした。
しかし英ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の最新研究で、この図式が大きく崩れていることが明らかになったのです。
今いちばん不幸感(心配・ストレス・抑うつ)が強い世代は、むしろ若者になっていたのです。
研究の詳細は2025年8月27日付で科学雑誌『PLOS ONE』に掲載されています。
目次
- 不幸感を抱くピークが若者にシフト
- なぜ若者たちは不幸に?
不幸感を抱くピークが若者にシフト

これまで多くの研究で、主観的な幸福度は若年から中年にかけて低下し、その後ふたたび上昇するU字カーブを示すとされてきました。
裏返しに、不幸感の高さは中年でピークをつくる現象が一般的な傾向として観察されてきました。
この「中年ピーク」は、米英をはじめ多くの国で、自己申告の抑うつや不安、さらには抗うつ薬の処方や精神科入院などの行動指標とも整合的と報告されてきたのです。
しかし、近年のデータを年代別に追うと様子が一変します。
米国の全国大規模健康調査(BRFSS、毎年40万人超)では、1990年代から2020年代にかけて18〜24歳の「絶望(過去30日すべてでメンタルがよくなかった)」の割合が急増。
女性は約3.2%→9.3%、男性は約2.5%→6.6%と大きく伸びました。
中年でも上昇はあるものの増え方は緩やかで、高齢層はほぼ横ばい――結果として、近年は若い層ほど不幸感が高く、高齢ほど低くなる関係に逆転しています。
英国でも、縦断調査(UKHLS)の精神健康指標(GHQ-12)や年次人口調査の「不安」スコアを解析すると、2010年代後半から若年ほど不安・不調が強く、中年以降は年齢とともに低下する形へと移行。
従来みられた“中年で山形、のち減少”というプロフィールは、2019年以降ははっきり観測されなくなりました。
なぜ若者たちは不幸に?

研究チームは米英にとどまらず、2020〜2025年の44カ国・約190万人のオンライン調査(Global Minds Project)を解析。
ここでも不幸感は年齢とともにほぼ単調に低下していました。
メンタルヘルス総合スコア(MHQ)や「悲嘆・絶望感」「不安・恐怖」「自傷思考」など複数の指標で同様の年齢プロファイルが確認され、若い女性でより深刻という性差も広範に再現しています。
では、なぜ若者の不幸感が世界的に強まっているのでしょうか。
論文は正確な因果関係を断定していませんが、複数の要因の可能性を指摘します。
第一に、2008年の世界金融危機の長期的影響で就職・所得の展望が悪化し、新規参入世代に「心的な傷跡」が残ったこと。
第二に、メンタルヘルスサービスの慢性的な資源不足で、若年層の不調が長期化・慢性化しやすいこと。
第三に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が既存の悪化傾向を加速した可能性。
第四に、スマートフォン/SNSの普及が比較・孤立・睡眠の質低下などを通じて不調を強めている可能性です(自然実験を含む研究では、利用制限が自己申告のウェルビーイングを改善したという報告もある)。
いずれも一つで説明しきれるわけではなく、国・地域・性別・社会制度によって重みが異なると考えられます。
重要なのは、年齢と不幸感の関係が構造的に変わってきているという点です。
「人生のどこでしんどさが最大になるのか」という当たり前だと思われていた曲線が、わずか10年あまりで反転しました。
個人の努力や「気の持ちよう」では吸収しきれない社会的変化が、若者のメンタルに集中してのしかかっている可能性があります。
学校・職場のメンタル支援の底上げ、SNS・スマホ利用の健全化、アクセスしやすい対面・オンラインの相談窓口、家計や住宅を含む将来展望の回復――政策と実務の両面で、若者を起点に据えた再設計が問われています。
参考文献
‘Unhappiness hump’ in aging may have disappeared
https://www.ucl.ac.uk/news/2025/aug/unhappiness-hump-aging-may-have-disappeared
Misery Is Spiking in One Age Group, Overshadowing The Mid-Life Crisis
https://www.sciencealert.com/misery-is-spiking-in-one-age-group-overshadowing-the-mid-life-crisis
元論文
The declining mental health of the young and the global disappearance of the unhappiness hump shape in age
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0327858
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部