不安障害とは、日常生活において強い不安や恐怖感に襲われる精神疾患です。
生きづらい現代社会では、不安障害を持つ人は少なくありません。
そんな中、米カリフォルニア大学デービス校(UC Davis Health)の最新研究で、不安障害を抱える人の脳内では、「ある重要な栄養素」のレベルが健康な人に比べて低くなっていることが明らかになりました。
その栄養素とは「コリン」です。
これはどんな食品に含まれているのでしょうか?
研究の詳細は2025年9月5日付で科学雑誌『Molecular Psychiatry』に掲載されています。
目次
- 不安障害で「コリン」が低下
- コリンとは何か?役割と不安障害への影響
不安障害で「コリン」が低下
不安障害は、日本でも米国でも、現代人の約3割が経験するといわれるほど身近なこころの病です。
代表的なものには、漠然とした不安が続く「全般性不安障害」や、理由もなくパニック発作が繰り返される「パニック障害」、人前で極度に緊張する「社交不安障害」などがあります。
こうした症状がなぜ起きるのか、従来は「脳内の神経伝達物質のバランスが乱れるため」と説明されることが多く、ノルエピネフリンやセロトニンなどの神経伝達物質の分泌異常が指摘されてきました。
しかし今回の研究が焦点を当てたのは「コリン」という、脳の細胞膜や神経の働きを支える化学物質です。
コリンはふつう、脳の思考や感情、行動をつかさどる「前頭前野」に特に多く存在し、記憶や気分の調整、筋肉の制御にも深く関与しています。
研究チームはMRIの一種「プロトン磁気共鳴分光法(1H-MRS)」という特殊な画像解析を用いて、世界中の25件の臨床研究データをメタ解析。
その結果、不安障害の患者の脳ではコリン濃度が健康な人より8%も低いという、明確なパターンが浮かび上がりました。
8%という数字は一見小さく感じられますが、脳内の化学バランスにとっては大きな違いをもたらします。
実際、コリンが足りなくなると、脳の情報処理や感情制御がうまくいかず、不安や緊張をコントロールしにくくなる可能性があると考えられています。
コリンとは何か?役割と不安障害への影響
では、コリンとはそもそもどんな物質なのでしょうか?
コリンは体内で少量は合成されますが、大部分は食事から摂取する必要がある「必須栄養素」です。
細胞膜の材料となるほか、脳神経の働きや記憶力、気分の調整、筋肉の動きなど、私たちの日常生活を支える多彩な役割を持っています。
研究を主導したリチャード・マドック教授は「コリンの低下は不安障害の原因の一部であり、今後は栄養学的なアプローチも治療に取り入れられる可能性がある」と述べています。
ただし「現時点では、コリンを多く摂れば必ずしも不安障害が改善するとは言い切れない。今後さらに研究が必要」とも強調しています。
なぜ不安障害の人でコリンが低下するのか、その理由の一つとして「闘争・逃走反応(fight-or-flight)」によるコリン消費の増加が挙げられています。
強いストレス状態が続くと脳内でコリン需要が高まり、結果的に慢性的な不足につながっている可能性があるのです。
実際、米国の調査では、多くの人が推奨されているコリン摂取量を満たせていないことがわかっています。
コリンを多く含む食品には、牛レバーや卵黄、鶏肉、魚、大豆製品、牛乳などがありますが、食生活の欧米化や偏食傾向の強まりで現代人のコリン不足が指摘されているのです。
もちろん、現段階では「コリンをたくさん摂ればすぐに不安障害が治る」という単純な話ではありません。
しかし、自分の食事や健康状態を見直すことが、こころのケアの第一歩になるかもしれません。
参考文献
Anxiety disorders tied to low levels of an essential nutrient in the brain
https://medicalxpress.com/news/2025-11-anxiety-disorders-essential-nutrient-brain.html
元論文
Transdiagnostic reduction in cortical choline-containing compounds in anxiety disorders: a 1H-magnetic resonance spectroscopy meta-analysis
https://doi.org/10.1038/s41380-025-03206-7
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

