レーザー光を超固体に変換することに成功

レーザー光と物質が結びついて、固体のように規則正しく並びながら、液体のように粘性なく流れる――そんな不思議な現象が先端研究で実現しました。

イタリアのパヴィア大学(Università degli Studi di Pavia) で行われた研究によって、光と物質が融合した粒子(励起子ポラリトン)が、結晶のような規則正しい配置と超流動(粘性ゼロ)の両方の性質を示す「超固体」として観測されました。

超固体の存在は約50年前から理論的に予測され、近年は超低温の原子を用いた実験などでその兆候が確認されていましたが、今回の成果は光(フォトン)と物質(励起子)が結合した新しいプラットフォーム上で、超固体の性質を明確に実証した点で大きな前進となりました。

この革新的な現象は、量子技術や超伝導など最先端の研究分野に新たな可能性をもたらすと期待され、私たちの固体と液体に対する常識を覆すその姿は、一体どんな未来を示しているのでしょうか?

研究内容の詳細は『Nature』にて発表されました。

目次

  • 半世紀越しの夢「超固体」を光で作り出す
  • 光が作る結晶
  • 光の超固体が拓く量子物質

半世紀越しの夢「超固体」を光で作り出す

半世紀越しの夢「超固体」を光で作り出す
半世紀越しの夢「超固体」を光で作り出す / Credit:clip studio . 川勝康弘

私たちが中学校などで学ぶように、「固体」は粒子が規則正しく並び、「液体」や「気体」ではその並びが崩れているとされています。

ところが理論的には、粒子が固体のようにきれいに配列された構造(結晶構造)を保ちながら、同時に超流動(ほとんど摩擦なく動く)する“超固体”が存在しうると予想されてきました。

実際、極低温の原子気体(ボース=アインシュタイン凝縮)を使ったり、反射率の高い鏡で光を閉じ込める装置(高フィネス光学キャビティ)を使ったり、粒子のスピンと運動量が影響し合う(スピン軌道相互作用)系を作ったりすることで、超固体の性質が観察される例が報告されています。

しかしこれらの方法は、非常に低温かつ厳密な温度・真空環境の制御など、大がかりな実験条件を必要とすることも多かったのです。

一方、近年注目されている「励起子ポラリトン」は違います。

「励起子ポラリトン」とは、電子と正孔がくっついてできた励起子と、光が強く結びついた粒子のことでたくさんの粒子が同じ状態に集まる(凝縮する)性質を持っています。

このような性質は、新たな形の超固体を生み出すにあたり恰好の候補となります。

さらに「フォトニック結晶(光の通り道を細かく設計した材料)」と組み合わせることで、従来とは異なるメカニズムで結晶が形成され、大きく性質が変わる“位相転移”を起こす可能性もありました。

とはいえ、「固体のように並びつつ、液体のように摩擦なく流れる」現象が明確に確認できるかは、長らく難題だったのです。

そこで研究者たちは、フォトニック結晶波ガイド(光を導くために周期構造をもたせた装置)に“励起子ポラリトンモード”を作り、光と物質が混ざり合った状態で結晶と超流動が同時に起こる瞬間を捉えることにチャレンジしました。

今回の実験では、まさに「レーザー光が固体のような構造をまとい、しかも粘性ゼロで流れる」という様子が観測され、フォトニック結晶を使った超固体の実証として大きな注目を集めています。

光が作る結晶

光が作る結晶
光が作る結晶 / Credit:clip studio . 川勝康弘

研究チームが注目したのは、フォトニック結晶波ガイド(周期的な微細構造をもつ導波路)という装置でした。

微細にエッチングされた格子構造によって、“Bound-in-the-Continuum(BiC)”という特別な光モードが形成されます。

BiCは通常の光モードより損失が格段に少ないため、ここに励起子ポラリトンが集まると、凝縮して大きな“量子の波”を作りやすいのです。

次に研究チームは、一定間隔で繰り返し照射するパルスレーザーをこの波ガイドに当て、「励起子ポラリトン」を大量に生成しました。

パワーがあるしきい値を超えると、励起子ポラリトンが同じ運動量状態に一気に落ち込み、超流動(摩擦がほぼゼロの流れ)を示します。

さらに、運動量が0の状態だけでなく、有限の運動量をもつ状態にも同時に光が流れ込む「パラメトリック散乱(強い場で起こる非線形現象)」が起こり、装置内で「光同士がお互いを生み出す」ようなプロセスが見られたのです。

結果として、励起子ポラリトンはスペース上に縞模様(しまもよう)をつくり、まるで“固体”の結晶のように見える一方で、その全体が波として干渉し合い、滑らかに流れるという“流体”の特徴も同時に示しました。

干渉測定(光を重ね合わせ、波の位相や一致度を調べる方法)では、遠く離れた場所でも粒子同士が高いコヒーレンス(波がしっかり揃っている状態)を保っていることがわかり、“超流動”による摩擦の少ない流れが広範囲にわたっていることが示唆されます。

さらに、結晶格子のように見える縞模様の間隔は、レーザーの強さや粒子間の相互作用によって微妙に変化しました。

これまで“結晶”というと並進対称性が固定されているイメージがありますが、この場合は“伸び縮みする結晶”とも言える柔軟さを持ち、まるで固体と液体の中間のような振る舞いを見せたのです。

研究者たちは、これが量子力学的な対称性の破れ(本来保たれるはずの対称性が自発的に失われる現象)を光の実験系でも再現するうえで大きな一歩だと考えています。

今後、この縞模様がどのように振動するか(ゴールドストーンモードやヒッグスモードなど)を追跡し、超固体のさらなる特徴を解明していく方針だそうです。

光の超固体が拓く量子物質

光の超固体が拓く量子物質
光の超固体が拓く量子物質 / Credit:clip studio . 川勝康弘

今回の研究で示されたのは、「結晶のようにきれいに並ぶ」だけでなく、「粘性ゼロで流れる」という両極端な性質を同時に成り立たせた超固体が、フォトニック結晶という自由度の高いプラットフォームでも実現できるということです。

これは、極低温の原子系に頼らなくても、光と物質の相互作用をうまく利用して超固体的な相を作り出せる可能性を開くもので、物理学に新しい道をもたらすでしょう。

特に、結晶格子の間隔が変化しうる“流れる結晶”のイメージは、従来の“結晶=固定された構造”という常識を覆すものです。

同時に、超流動特有の柔軟な並進を持ち合わせることで、今後はゴールドストーンモードやヒッグスモードといった集団振動、さらには二次元・三次元へ拡張したときの渦や対称性の破れなど、新たな量子現象を探索できると期待されています。

また、こうしたフォトニック結晶を使った超固体は、将来的に超伝導や量子デバイス、光通信技術などへの応用が見込まれます。

たとえばエネルギー損失を極限まで抑えた光デバイスを設計するうえで、結晶構造と超流動を併せ持つシステムは大いに参考になるかもしれません。

今回の成果は、“光と物質の融合”が生む柔軟な結晶の姿を明確に捉えた点で大きなインパクトを与え、未来の量子技術や計測技術の進化を加速させる可能性を秘めています。

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元論文

Emerging supersolidity in photonic-crystal polariton condensates
http://dx.doi.org/10.1038/s41586-025-08616-9

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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