テキサス州南西部からメキシコ北部にかけての峡谷地帯には、かつて「謎の巨大壁画」と呼ばれたロックアートが数多く残されています。
高さ8メートルに達する人型の姿やシカ、ヘビ、抽象的な記号が驚くほど緻密に描かれ、まるで古代の精神世界をのぞき込んでいるかのようです。
しかし、これらの壁画がいつ描かれ、どれほど長く続いた文化なのかは、誰にも分かっていませんでした。
そんな中、米テキサス州立大学(TXST)の最新研究で、これらのロックアートは約6000年前に描き始められ、その後4000年間にわたって描き継がれていたことが判明したのです。
およそ175世代にわたり描き続けられていたとみられます。
研究の詳細は2025年11月26日付で学術誌『Science Advances』に掲載されました。
目次
- 数千年も描き継がれてきた壁画
- メソアメリカ文明にもつながる“始まりの神話”の形
数千年も描き継がれてきた壁画
今回研究対象となったのは、アメリカ・テキサス州南西部からメキシコ北部に広がる「ロワー・ペコス峡谷地帯」です。
この地域には、巨大な岩陰(ロックシェルター)が点在し、古代の人々が儀礼や日常生活の場として利用してきました。
ここで見つかった「ペコス川様式」と称される壁画は、赤・黒・黄・白などの色彩を巧みに組み合わせた非常に複雑な絵柄が特徴です。
驚くべきポイントは、その構図やモチーフ、色の塗り方が数千年にわたって変わらなかったことです。
チームは顕微鏡観察と層序解析を行い、壁画の色の重なり方を正確に記録。
すると、多くの壁画で「黒の上に赤」「赤と黒の上に黄」「さらに白を重ねる」という特定の手順が繰り返し使われていることが判明しました。
そして詳細な分析から、最も古いロックアートは紀元前3815年ごろに、最後のものは西暦900年ごろに描かれたことを特定。
つまりこの芸術伝統は約4000年間、換算するとおよそ175世代にわたり続いていたことになります。
【実際のロックアートの画像がこちら】
さらに、同じ壁画に残された年代測定値はどれも近く、統計的に区別できないほど似通っていました。
これはつまり、大規模な壁画は数百年単位で描き足された寄せ書きではなく、ひとつの巨大儀礼として短期間で一気に描かれた可能性が高いことを意味します。
これほど大規模で精緻なアートが、世代を超えて同じルールで制作され続けていたという事実は、古代人の精神性や宗教観が驚くほど安定していたことを示しています。
メソアメリカ文明にもつながる“始まりの神話”の形
ペコス川様式の壁画には、特有の象徴体系があります。
・ウサギ耳のような頭飾り
・点の列で描かれる“スピーチブレス”
・点のついた鹿角
・翼のある人型
・一本柱の梯子のような図像
これらは単なる装飾ではなく、「力の束(power bundle)」と呼ばれる宗教的概念など、古代の人々の宇宙観を表すものだと解釈されています。
そして驚くべきことに、これらの象徴体系は後のアステカやマヤ文明が持つ神話と共通する要素を多く含んでいます。
たとえば「誕生の洞窟(Chicomoztoc)」の神話はペコス川のアーチ状モチーフとよく重なり、自然地形を“聖なる入口”としてとらえる思想が連続している可能性が指摘されています。
さらに、壁画が集中するロワー・ペコス地域は、湧き水、峡谷、岩陰が密集する特異な地形で、人々にとって祖先や神とつながる特別な場所だったとみられます。
これが何千年も人々を引きつけ、儀礼の伝統が途切れなかった理由のひとつと考えられています。
参考文献
Dating a North American rock art tradition that lasted 175 generations
https://phys.org/news/2025-11-dating-north-american-art-tradition.html
元論文
Mapping the chronology of an ancient cosmovision: 4000 years of continuity in Pecos River style mural painting and symbolism
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adx7205
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

