リスやコウモリ、そしてクマ。
寒い季節になると、これらの動物は体のエネルギー消費を極限まで抑え、ひっそりと春を待つ省エネ生活に入ります。
それでは、一年中、極寒の北極圏で生きるホッキョクグマはどうなのでしょうか?
彼らも冬になると穴の中で眠り続けるのでしょうか?
じつは近年の研究によると、ホッキョクグマは「本当の冬眠」をしない、ちょっと特殊な動物だということが明らかになっています。
なぜ“極寒の王者”だけが冬眠しないのでしょうか?
科学的知見とともに、その理由をひも解いていきます。
目次
- ホッキョクグマは冬眠する?
- ホッキョクグマを苦しめる「夏」と「気候変動」
ホッキョクグマは冬眠する?
まず、「冬眠」という現象について整理しましょう。
多くの小型哺乳類は、冬が来ると体温・心拍・呼吸を極端に下げる「冬眠(hibernation)」に入ります。
一方、ヒグマやクロクマなどのクマ類も冬になると活動を停止して冬眠しますが、体温はあまり下がらず、心臓や呼吸のリズムもゆるやかに保たれています。
この浅い冬眠状態は「torpor」とも呼ばれます。
冬眠の状態は様々ですが、動物たちは食料が少ない冬を乗り切るために冬眠するのです。
では、ホッキョクグマはどうなのでしょうか?
実はホッキョクグマは、ヒグマやクロクマのような「冬の省エネモード」にも、ほとんど入らないことが研究で示されています。
この点について、ポーラーベアーズ・インターナショナル( Polar Bears International)主任研究者のジョン・ホワイトマン博士は次のように解説しています。
「冬眠はさまざまな生理的・行動的変化が連続的に現れる現象であり、単純な“する/しない”で分けられるものではありません。
ホッキョクグマは他のクマよりも、長期間の食糧不足に上手く対処しているようです」
実際、ホッキョクグマのほとんどは、北極圏の冬でも活動を続けています。
その理由は明快で、冬でも海氷の上でアザラシを狩ることができるからです。
ヒグマやクロクマが冬になると餌不足に陥り、穴にこもって過ごします。
対照的に、ホッキョクグマは氷上という“狩りの舞台”を持ち、冬の間もアザラシを捕食して生き延びているのです。
ただし例外もあります。
妊娠中のメスは、秋から春にかけて雪穴にこもり、数カ月間活動をほとんど止めて出産と子育てに専念します。
また、高緯度地域の一部では、妊娠していないメスが冬の間、数週間から数カ月ほとんど動かずに過ごしていた例も報告されています。
ですが、これも体温が大きく下がるタイプの冬眠とは異なるとされています。
では、夏のホッキョクグマはどう過ごしているのでしょうか。
ホッキョクグマを苦しめる「夏」と「気候変動」
夏になると北極の氷は溶け、アザラシも捕まえにくくなります。
ホッキョクグマは内陸に移動し、時には断食に近い省エネ生活を余儀なくされます。
一部の研究では、「夏の間、ホッキョクグマは代謝を落としながらもある程度身体活動を維持して歩き回る状態になるのでは?」という説も出されました。
しかし後の大規模調査では、これは「普通の断食時の省エネモード」に過ぎず、冬眠とは異なることが判明しています。
その時のホッキョクグマは「通常の哺乳類の空腹レベルに近い」ものだったのです。
つまり、ホッキョクグマはメスの例外を除いて、冬でも夏でも冬眠しません。
他の哺乳類が冬眠するのは、その時期に食料が取れないためです。
ホッキョクグマは冬でも食料が得られるため、冬眠する必要はありません。
また夏は食料を得ることが難しくなるものの、冬眠するほど過酷ではありません。
こうした特殊な環境が「冬眠しないホッキョクグマ」を生み出しているのです。
しかし今、地球温暖化が北極圏の環境を大きく変えつつあります。
氷が減少し、夏が長くなることで、ホッキョクグマが狩りをできる期間が短くなり、夏の断食や栄養不足が深刻化しています。
ホワイトマン博士は次のように警告しています。
「ホッキョクグマは50万年以上にわたり海氷と共に生きてきましたが、現在の急激な温暖化は適応のスピードを上回っています。
多くの個体がこれまで通りの行動を続けるだけでは、生き延びられなくなる可能性が高いでしょう」
また、北極の頂点捕食者と思われがちなホッキョクグマですが、稀にニシオンデンザメ(学名: Somniosus microcephalus)の胃からホッキョクグマの骨が見つかることもあります。
“北極の王者”であっても、自然界では必ずしも無敵とは限らないのです。
冬眠しない“極寒の王者”ホッキョクグマの苦闘は、北極の厳しい自然と気候変動の影響を考えるうえで、私たちに多くの示唆を与えてくれます。
参考文献
Why Don’t Polar Bears Hibernate?
https://www.iflscience.com/why-dont-polar-bears-hibernate-80597
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部