アメリカのデイトン大学(UD)で行われた研究によって、フィットネス系SNSでは「美しすぎる人」が逆に人気を失ってしまう現象が明らかになりました。
これまで、「美しい容姿は人の心を惹きつけ、商品やメッセージの人気を高める」と考えられてきましたが、この研究はまさにその常識をひっくり返したのです
。研究チームはこの逆説的な現象を「美の逆効果(beauty backfire effect)」と名付けています。
なぜフィットネス系では常識に反する奇妙な結果が起きているのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年8月10日に『Psychology & Marketing』にて発表されました。
目次
- SNS時代でも美人は本当に得するのか?
- 美しさが人気を下げる現象
- インフルエンサーに必要なものは何か?
SNS時代でも美人は本当に得するのか?

「セクシーさは売れる(Sex sells)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
これは、マーケティング(商品の売り込み)の世界で古くから使われている言葉です。
簡単に言うと、魅力的な外見を持つ人が宣伝すると、人々の関心を強く引きつけ、商品を買いたいと思わせる効果がある、という考え方です。
実際にテレビのCMや広告を見てみると、綺麗な人やかっこいい人が出ていることがよくあります。
また、過去の研究でも、魅力的な外見は人々の興味を引きつけ、商品を売る効果があると確認されています。
しかし、この常識はSNS時代でも通じるのでしょうか?
SNS上では企業広告よりもインフルエンサーと呼ばれる個人発信者の影響力が増し、特にフィットネス分野のインフルエンサー(いわゆる「フィットネス系インフルエンサー」)は、自身の鍛え上げた肉体そのものがブランドであり、資格の証明書になっています。
筋肉質な体や引き締まったスタイルは視覚的な魅力であると同時に、「この人の言うトレーニングや栄養法は効果があるはずだ」という信頼の根拠にもなっています。
しかし同時に、SNS利用者の間では「自分と似ている身近な存在」に共感しやすいという新たな傾向も指摘されています。
親近感を覚える相手の発信には心を動かされやすく、逆にあまりに完璧すぎる人には圧倒されて距離を感じてしまうこともあります。
特にフィットネスの世界では、美しく鍛え抜かれた身体は憧れの的になる一方で、「自分とは違いすぎて無理…」とフォロワーに思わせてしまう危険もあります。
たとえば、あなたがスポーツや勉強をするとき、すぐ近くにいる「少しだけ上手な先輩」を見ていると、「自分も同じようになりたい!」と勇気が湧いてきませんか?
よくある子供時代の話で「クラスの足の速い子に勝つために走る練習をする」というものがありますが、これも少し上の存在に直接的に触発されて頑張っている典型です。
一方で、オリンピック選手の競技を見て「自分も同じようになりたい!」と思う人はあまりいないでしょう。
あまりにも遠い存在を見ても「すごいけど自分には絶対無理だ」と感じてしまい、逆にやる気を失ってしまうかもしれません。
少なくとも子供にとって走り込みの練習をする動機としては「クラスのライバル>オリンピック選手」であるはずです。
心理学の世界でも、このように「自分のレベルから少しだけ上の人」を目標にすると、やる気が出やすいことがわかっています。
このことを難しい言葉で「最近接発達領域」といいますが、つまり「頑張れば届く距離に目標を置くのが効果的だ」ということです。
フィットネス系のSNSでも、遠すぎる完璧な存在ではなく、「頑張れば近づけそうな存在」が求められている可能性があります。
こうした背景から、米国の研究チームはフィットネス系インフルエンサーの外見の魅力度が、フォロワーにどのような影響を与えるかを詳しく調べました。
特に、「極端に魅力的な見た目」がフォロワーの親近感や反応(いいね・フォローなど)にどんな影響を与えるか、もしネガティブな影響があるならどのように和らげられるのかを検証することが目的でした。
美しさが人気を下げる現象

研究では主に3つの実験が行われ、アメリカの成人男女を対象にオンラインでフィットネス投稿に対する反応を調査しました。
いずれの実験でも基本的に架空のInstagram投稿を見てもらい、その投稿主(フィットネスインフルエンサー)に対する印象や、自分なら「いいね」やフォローをするかといったエンゲージメント(反応や関与)の意向を評価してもらいました。
まず最初の実験では、フィットネス投稿の写真に写るインフルエンサーの魅力度を操作しました。
使われたのは、
高い魅力度の女性フィットネスインフルエンサーの写真付き投稿
適度な魅力度の女性フィットネスインフルエンサーの写真付き投稿
写真なし(テキストのみの投稿)
の3種類です。
写真以外の投稿文(キャプション)は、全ての条件で共通して「筋トレでは各筋群あたり28〜36回の反復が理想的です」という内容で統一されました。
写真に登場する人物だけを変えることで、インフルエンサーの容姿レベルのみが異なる条件を作り出したのです。
参加者たちには、投稿を見た後でいくつかの評価をしてもらいました。
例えば、その投稿を見て「親近感を持てるか(自分と近いと感じるか)」「信頼できそうか」「好感が持てるか」「魅力的か」をそれぞれ評価してもらいました。
また、その投稿に対して「いいねをしたいか」「フォローをしたいか」という気持ちも聞きました。
さらに、投稿を見たことで「自分自身に対する自信(自己評価)」がどのように変化したかも調べました。
その結果、とても興味深いことが分かりました。
それは、「極端に魅力的なインフルエンサーを見た人ほど、そのインフルエンサーを身近に感じられなくなる」ということです。
つまり、魅力がありすぎると、逆に親近感を持てず、距離を感じてしまうのです。
具体的に数字で見ると、親近感の評価(7点満点)は、「非常に美しいインフルエンサー」では平均約3.9点でした。
それに対して、「ほどほどに魅力的なインフルエンサー」は約5.0点、「写真なしの投稿」は約4.8点でした。
つまり、「ほどほどの魅力」と「写真なし」の場合は差があまりないのに、「非常に美しい人」の場合だけ急に親近感が下がったことになります。
さらに重要なことに、こうした親近感の違いは、「いいね」や「フォローしたい」という気持ちにも直接影響しました。
非常に美しいインフルエンサーの投稿を見た人は、平均約3.4点で、「ほどほどに魅力的なインフルエンサー」(約4.3点)に比べて「いいね」や「フォローしたい」という気持ちがかなり低くなりました。
写真なしの場合は約3.85点で、非常に美しいインフルエンサーよりは少し高いですが、統計的には明確な差ではありませんでした。
このことからも、「ほどほどの魅力のほうが最も支持されやすく、極端に美しい人の投稿は支持されにくい」という結果が確認されました。
また、投稿を見たことで、参加者自身の自己評価にも影響がありました。
非常に美しいインフルエンサーの投稿を見た人は、自分への自信(自己評価)が低下する傾向がはっきりと見られました。
逆に、ほどほどに魅力的なインフルエンサーを見た人は、自分への自信がわずかに向上しました。
つまり、あまりにも完璧な人を見ると「自分には無理だ…」と落ち込んでしまうのですが、自分に近い「ほどほどのモデル」を見ると「自分も頑張れば近づけるかも!」と自信を持つことができたのです。
こうした「極端な美貌がかえってマイナスに働く」という現象を、研究チームは「ビューティ・バックファイア効果」と名付けました。
この言葉は「美しさが逆効果を起こす」という意味で、SNS上では美しすぎると逆に人々の心を離してしまう可能性があることを示しています。
インフルエンサーに必要なものは何か?

「美人は得をする」と信じられてきた中で示された、美しさの意外な落とし穴――この研究はSNS時代における新しい教訓を伝えています。
それは、フィットネスSNSのように「お手本」としての役割を期待される場では、あまりに完璧すぎる見た目はかえってフォロワーの共感を遠ざけ、熱心な支持を得にくくしてしまう可能性があるということです。
従来のマーケティングで語られてきた「魅力的な人ならみんな憧れるはず」という図式に対し、本研究は「憧れが強すぎると人はかえって心を閉ざしてしまう」という逆説的な現象をデータで示しました。
これはSNSが主流となった現代ならではの発見と言えるでしょう。
というのも、SNSでは双方向のやり取りやフォロワーとの距離感が重視されるため、テレビCMのように一方的に憧れを押し付けるだけでは不十分で、「この人は自分に寄り添ってくれる存在だ」と感じさせる親近感や信頼感が欠かせないからです。
特に若い世代や女性は、SNS上の美しい人と自分を比較して落ち込んでしまうことが指摘されています。
この研究でも、実際に極端に美しいインフルエンサーの投稿を見た参加者全体で、自分への自信が低下する傾向が見られました。
一方で、身近に感じられるレベルのモデルを見た場合には自己評価が上がる効果すらありました。
これは、SNSで理想的すぎる美や成功例ばかり見て「自分なんて…」と落ち込むより、少し自分に近い存在からリアルな努力や身近なアドバイスをもらったほうが前向きになれることを示しています。
つまり私たち一般のフォロワーにとっても、SNSで誰をフォローするかによってモチベーションの保ち方が変わる可能性があるのです。
もしSNSで自己嫌悪を感じるようなことがあれば、フォローする相手を「完璧すぎる人」から「少し身近に感じられる人」に見直してみるのも一つの手かもしれません。
理想は理想として眺めるよりも、「自分でも頑張ればああなれるかも」と思わせてくれる身近なロールモデルを見つける方が、心の健康には良さそうです。
一方、インフルエンサーや発信者の側へのメッセージも明確です。
フィットネスに限らず、もしあなたが恵まれたルックスや才能を持っていたとしても、ただそれを誇示するだけでは人々の心は動かせないかもしれません。
しかし伝え方次第でその問題を乗り越えることができると本研究は示しています。
「美の逆効果」は決して「美人は絶対に損をする」という意味ではなく、「美人で得をしていた人ほど、謙虚さを忘れると痛い目を見る」という戒めと言えるでしょう。
研究チームは、謙虚な自己表現を使うことで美しさによる逆効果を和らげられると明らかにしました。
実際、本研究では完璧な見た目のインフルエンサーでも謙虚な姿勢を示すことで、親近感の差がほぼなくなり、フォロワーからの反応の低下も抑えられたのです。
言い換えれば、フォロワーとの心理的な距離を縮めるためには、「見た目の完璧さ」よりも「人間味や共感」を示す戦略が有効だということです。
「美の逆効果」を防ぐ鍵は、「謙虚さ」や「ありのままの姿」にあると言えるでしょう。
ただし、この研究にも留意すべき点はあります。
実験ではアメリカの成人男女が主な対象であり、全ての文化圏で同じ結果になるとは限りません。
例えば日本や他の国では結果が異なる可能性があります。
また、SNSを見る側の性別や年齢、元々持っている自己評価や自信によっても、反応が変わることがあるでしょう。
実際、研究チームが行った別の実験では、極端に魅力的な女性インフルエンサーが特に厳しく評価される傾向が示され、男性インフルエンサーの場合は女性ほど強い影響が出ないことも確認されています。
このように、人々が「美しさ」にどう反応するかはさまざまな要因で変化するため、今後さらに詳しい研究が求められます。
それでも、本研究の示すメッセージはSNS社会において重要な教訓を与えてくれます。
誰もがフィルターや加工で「より美しく、完璧に」と見せたくなるSNSだからこそ、完璧すぎる見た目には思わぬ落とし穴があることを心得るべきでしょう。
元論文
The Beauty Backfire Effect: How Extreme Attractiveness Undermines Fitfluencer Relatability and Engagement
https://doi.org/10.1002/mar.70023
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部