南の島・ハワイで、まさかの「赤い雪」が発見されました。
常夏の楽園というイメージの強いハワイですが、最高峰マウナケア山の頂上には毎年冬になると雪が積もります。
そして最近、世界でも類を見ない孤立した雪氷圏(せっぴょうけん)、具体的には、標高4200メートルのマウナケア山で、古くから極地や高山で知られてきた「赤い雪(赤雪現象)」が、山梨大学ら日本の研究チームによって初めて発見されました。
その正体は、特殊な微生物・雪氷藻類(せっぴょうそうるい)が雪の上で大繁殖して起こるもの。
なぜこの南国の孤島で赤雪が出現したのでしょうか?
研究の詳細は2025年9月5日付で科学雑誌『The ISME Journal』に掲載されています。
目次
- 常夏ハワイで見つかった「赤雪」現象
- なぜ「赤い雪」は現れたのか?
常夏ハワイで見つかった「赤雪」現象
赤雪現象、これは雪がまるでいちごシロップをかけたかのように赤く染まる、不思議な自然現象です。
この正体は「雪氷藻類」と呼ばれる単細胞の微生物。
氷や雪の上でも生き抜く力を持ち、紫外線から身を守るため細胞の中にアスタキサンチンという赤い色素を蓄えています。
これらが大量に増えると雪が赤く染まるのです。
赤雪は古代ギリシャの時代から知られており、あのダーウィンもアンデス山脈で目撃したと記録に残しています。
【こちらは、赤い雪の発見地点と藻類の顕微鏡写真です】
しかし、赤雪がどのような条件で現れるのか、世界中のどこでも起こるのか、その生態は長年謎に包まれていました。
ハワイ島のマウナケア山は、熱帯に位置しながらも冬季に雪が積もる特異な場所です。
しかし、通常は春にはすぐ雪が消えてしまうため、これまで赤雪現象が確認されたことはありませんでした。
ところが2023年には、気象現象「ラニーニャ」の影響で異常な寒さと大雪が重なり、例年になく7月末まで雪が残る事態に。
そのおかげで、日本や海外の研究者チームは「ハワイの赤雪」という前代未聞の発見に至ったのです。
なぜ、このような南国の孤立した島で赤雪現象が起きたのでしょうか?
それを解き明かすカギは、雪氷藻類の“ルーツ”と“進化の旅路”にありました。
なぜ「赤い雪」は現れたのか?
今回の研究チームは、2021年と2023年にマウナケア山の残雪を採取。
顕微鏡観察や色素分析、そして微生物のDNA解析を徹底的に行いました。
すると、驚くべきことがわかりました。
マウナケア山の赤雪に存在する雪氷藻類の約95%は、この島にしかいない独自のグループだったのです。
しかもこの固有系統は、およそ25万年前に世界の他地域から分かれ、寒冷期のハワイにやってきた祖先が、島の中で独自の進化を遂げてきたことが分かりました。
さらに、もうひとつのグループとして、北極や南極、世界中に広く分布する系統(サングイナ属)も確認されました。
これは近年の大気循環によって遠くからハワイにたどり着き、2023年のような雪が長く残る年に爆発的に増殖することが明らかになったのです。
つまり、マウナケア山の赤雪は
・大昔から島に根付いた“固有種”
・現代の風に乗ってやってくる“渡り者”
この2つの系統が、雪の上で同時に繁殖していたのです。
季節の進行によって、それぞれの比率が入れ替わるというダイナミックな生態の変化も観察されました。
この研究は、孤立した島で長い時間をかけて進化した微生物と、今も世界中から飛来してくる微生物が「共演」しているという、壮大な地球規模の生命のドラマを証明したものです。
そしてもうひとつ重要な示唆があります。
近年の気候変動によって、マウナケア山の積雪や残雪期間がさらに短くなると、ハワイ固有の雪氷藻類が絶滅するリスクが高まるということです。
特殊な生態系と遺伝的多様性の保全が、今まさに危機に瀕しています。
今回の成果は、地球温暖化が希少生態系にもたらすリスクに警鐘を鳴らすとともに、極地や高山域でしか生きられない生き物の進化史を明らかにする一歩となりました。
今後はハワイ以外の山岳地帯や、温暖化の影響を受けやすい他の雪氷圏でも、同様の微生物の分布や進化の歴史を追い、地球規模での保全と理解を深める調査が進められる予定です。
参考文献
【研究成果】世界で最も孤立した雪氷圏・ハワイ島マウナケア山で雪氷藻類による「赤い雪」を発見 微生物の地球規模の分散と気候変動との関わりを示す
https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/93110
元論文
Colonization history of snow algae on Hawai‘i island
https://doi.org/10.1093/ismejo/wraf197
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部
