2019年末に始まった「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)」の世界的パンデミック。
それからすでに5年の時が過ぎようとしていますが、今、再びコロナ感染症が急拡大しています。
新型コロナは一般的に、発症から回復までに約2〜4週間を要するとされます。
しかし世界ではまれに、長期間にわたってコロナ症状に悩まされるケースが報告されています。
そしてこのほど、米ボストン大学(BU)の調査で、アメリカ在住の男性が2年以上(約26か月=776日)にわたりコロナ感染し続けていたことが明らかになりました。
これはコロナ感染の世界最長記録となっています。
研究の詳細は2025年9月の医学雑誌『The Lancet Microbe』に掲載されました。
目次
- 2年以上続いた感染、その特殊な背景
- ウイルスが体内で進化、オミクロンに近づいていた
2年以上続いた感染、その特殊な背景
今回報告されたアメリカ人男性は、2002年にHIV(エイズウイルス)感染と診断されて以降、十分な治療を受けていませんでした。
そのため、ウイルスと闘う「CD4陽性T細胞」が激減し、免疫力は健康な人の10分の1以下という極めて危険な状態に陥っていたのです。
男性は2020年5月ごろ、発熱や咳などコロナの症状を発症しますが、当初は診断を受けることができず、正式なコロナ診断がついたのは数カ月後の9月でした。
その後も2年以上にわたりPCR検査で陽性が続き、呼吸器症状の悪化や体調不良のため合計5回も入院する事態となりました。
彼は重篤な呼吸不全や死亡に直結するような経過はたどらなかったものの、最終的には別の原因で亡くなったと報告されています。
この男性のケースでは、体内の免疫システムがコロナウイルスを完全に排除できず、ウイルスが「持続感染」という特殊な状況を保っていたことが明らかになりました。
患者からは計8回のウイルス検体が採取され、そのすべてから活発なウイルスが検出されました。
研究チームの解析によれば、感染期間中もアルファ株やデルタ株、オミクロン株などが世界的に流行しましたが、彼の体内で見つかったコロナウイルスは感染当初の「B.1系統」のままで、他の変異株への再感染や置き換わりは起きていませんでした。
つまり、最初に体に入ったウイルスが2年以上も生き延び、じわじわと変化し続けていたのです。
ウイルスが体内で進化、オミクロンに近づいていた
この長期感染の中で、ウイルスは患者の体内で独自に変化を重ねていきました。
ゲノム解析の結果、ウイルスは感染期間中に135カ所もの変異を蓄積。
その中には、後に「オミクロン株」の特徴となるスパイクタンパク質の変異(10カ所)が含まれていました。
しかもその9カ所は、オミクロン株が世界で初めて検出される以前から、患者体内ですでに出現していたのです。
こうした現象は「収斂進化」と呼ばれ、異なる環境で同じような変化が偶然起きることを意味します。
つまり、世界中の多くの人がオミクロン株で経験したのとよく似た変異が、個人の体内でも独自に発生しうることが示されました。
興味深いのは、この患者から検出されたウイルスが、周囲の人々に感染拡大することはなかった点です。
チームが世界中のコロナウイルスのゲノムデータベースを調査した結果、この男性の体内で進化したウイルスが他者に広がった痕跡は見つかりませんでした。
これは、長期感染で体内適応が進みすぎたウイルスは「感染力」が逆に低下する場合もあることを示唆しています。
一方で、こうした長期感染が続くことで、社会全体に新たな変異株が生まれるリスクも否定できません。
論文では、「免疫力の弱い人への治療や医療アクセスの拡充、長期感染例のモニタリングこそが新たな脅威の芽を摘むために重要だ」と強調されています。
参考文献
Man’s COVID Infection Lasted 2 Years, Setting a New Record
https://www.sciencealert.com/mans-covid-infection-lasted-2-years-setting-a-new-record
Persistent SARS-CoV-2 Infection Lasting Over 750 Days Documented in Person With HIV
https://www.contagionlive.com/view/persistent-sars-cov-2-infection-lasting-over-750-days-documented-in-person-with-hiv
元論文
Characterisation of a persistent SARS-CoV-2 infection lasting more than 750 days in a person living with HIV: a genomic analysis
https://doi.org/10.1016/j.lanmic.2025.101122
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部