花粉症などで、鼻水やくしゃみで何度も作業が中断され、夜もぐっすり眠れないと、翌日の集中力は自然と低下します。
こうしたアレルギー性鼻炎の症状が、まるでADHD(注意欠如・多動症)の症状のように見える可能性が指摘されています。
韓国チュンナム国立大学(Chungnam National University)の研究チームが、韓国の全国民保険データに基づく小児患者サンプル(各年約10%)を用いて解析したところ、アレルギー性鼻炎や難聴がある子どもは、そうでない子どもに比べてADHD治療薬の処方を受けている割合が高いことが明らかになったのです。
特に関連のなさそうなアレルギー性鼻炎がADHD患者に多いというこの報告は、鼻水や鼻詰まりによる集中力の低下がADHDのように見せている可能性も考えられるという。
この研究成果は、2025年9月12日付けで科学雑誌『International Journal of Environmental Research and Public Health』に掲載されています。
目次
- 花粉症とADHDは似ている?
- 集中力を乱す意外なつながり
花粉症とADHDは似ている?
花粉の季節になると、鼻づまりやくしゃみが止まらなくなる人が増えますが、この症状が出ると、始終鼻がムズムズするせいで頭がぼんやりして集中できず、ミスが増えると感じる人は多いかもしれません。
実は、こうした状態はADHD(注意欠如・多動症)の症状とよく似ています。
ADHDは、集中力が続きにくい、気が散りやすい、衝動的に行動してしまうといった特徴を持つ神経発達症です。
一方、アレルギー性鼻炎は、花粉やダニ、ハウスダストなどに体の免疫システムが過剰反応し、鼻の粘膜に炎症が起きる病気です。
花粉症は季節性アレルギー性鼻炎に分類され、特定の季節だけに起こる症状ですが、ダニやハウスダストなどが原因になるアレルギー性鼻炎だとこの症状が一年中続きます。
この症状は鼻水やくしゃみだけでなく、鼻詰まりなどで夜の睡眠の質を大きく下げることでも知られています。
鼻炎の症状がひどくなると、日中の注意力が落ちたり、落ち着かない様子が目立ったりして、ADHDと見分けがつきにくくなることがあるのです。
最近はADHDかもしれないという人たちの話をよく耳にしますが、その中には、もしかすると鼻炎などで集中できない問題が誤認されているケースもあるかもしれません。
実際過去の小規模な研究でも、鼻炎や難聴のある子どもがADHDの診療を受ける割合が高いという報告はありました。
ただこうした報告は、現在のところ対象人数が少なく、十分な検証ができていませんでした。
そこで今回の研究は、韓国の全国民保険制度が持つデータから作成される小児患者サンプルを活用し、この疑問について大規模に調査してみることにしました。
研究チームは、6〜19歳の子どもと若者、各年約110万人規模のデータを2009〜2018年の10年間分まとめて横断的に分析しました。
ADHDかどうかは、医師の診断記録に加えて、メチルフェニデートやアトモキセチンといった治療薬が同年内に処方されているかで判定しました。
アレルギー性鼻炎については、同一年内の診断記録とともに、皮膚テストまたは特異的IgE抗体検査の実施記録で確認しました。
またこの研究は鼻炎だけでなく、難聴でも同様の問題が隠れいてる可能性を調査しています。
難聴は、診断記録とオージオメトリ(ABR、小児用・純音聴力検査)の結果を同年内に組み合わせて判定し、鼻炎との併発による影響も調べられました。
分析には「ロジスティック回帰」という統計手法が使われています。
これは、ある出来事(今回はADHD治療薬の処方を受けること)がどれくらい起こりやすいか(今回は鼻炎や難聴の人に対して)を数値(オッズ比)で示す方法です。
この数値が1より大きいほど、関連が強いことを意味します。
これを性別や年齢、家庭の経済状況(保険の種類で推定)といった背景要因を調整して検討しました。
さらに、診断基準を厳しくした追加分析も行い、大きな病院に限定しても結果が変わらないかを確認しました。
また年齢層(小学生・中高生)や性別ごとの違いも詳しく調べられています。
集中力を乱す意外なつながり
分析の結果、アレルギー性鼻炎のある子どもは、ADHD治療薬の処方を受けている割合が明らかに高いことがわかりました。
難聴がある子どもでも同じ傾向が見られ、鼻炎と難聴の両方がある場合は、関連の強さがさらに高まっていました。
性別や年齢によって関連の度合いは少し異なり、特に女児では難聴との関連が強い傾向も見られました。
具体的には、調整後のオッズ比は難聴とADHDで1.79、鼻炎とADHDで1.41、両方ある場合は2.10と見積もられています。
ただし、研究チームは「鼻炎がADHDを引き起こす」とは結論づけていません。
「鼻炎があるせいでADHDと誤診された」とも断定していません。
今回明らかになったのは、あくまで両者の「関連性」です。
因果関係や誤診の有無については、別の研究で確かめる必要があります。
とはいえ、両者に関連性が見られるのは確かです。
先にも述べたように、鼻炎では鼻づまりやくしゃみが、授業や仕事中の集中を妨げることがわかっています。何度も作業を中断するうちに、注意が続かず、落ち着きがないように見えてしまうのです。
さらに重要なのが、鼻詰まりやムズムズによる睡眠の質の低下です。夜にしっかり眠れないと、翌日は頭が重く、集中力が保ちにくくなります。
これはADHDの「不注意」症状と非常によく似た状態を起こします。
また最近の研究では、慢性的なアレルギー性の炎症が脳の働きに間接的な影響を及ぼす可能性も議論されていますが、この点はまだ仮説の段階です。
いずれにせよ、アレルギー性鼻炎の諸症状が、結果的にADHDと誤解されるような状態にしてしまうという可能性は、実際に花粉症や鼻炎の症状に悩まされている人には実感の持てる問題でしょう。
花粉症は日本でもかなり多くの人が悩まされている症状です。これは花粉の時期に落ち着きのなさや集中力の低下を軽視すべきではないことを示しています。
またADHDの診断を行う際にも、耳鼻科のチェックや睡眠状態の確認も併せて行うことの重要性を示してもいます。
もしかするとADHDと診断された人でも、鼻炎や睡眠を改善するだけで、問題が軽くなるケースも考えられるからです。
教室や職場に空気清浄機を設置するといった環境調整も、実は非常に重要なことなのかもしれません。
この研究はまだデータでの関連性を示すにとどまっているため、より明確なことを言うためには、さらなる調査が必要です。
また同じような傾向が、喘息やアトピー性皮膚炎など他の慢性疾患にも見られるかどうかも注目されています。
自分がADHDなのではないかと疑う人は近年増えているようですが、「集中できない」「落ち着かない」という症状の裏には、脳の問題だけでなく体の状態が関係している可能性もあります。
体のケアによって、思ったよりスムーズに集中力を取り戻せることがあるかもしれません。
元論文
A Stratified Analysis of the Associations of Hearing Loss and Allergic Rhinitis with Attention Deficit Hyperactivity Disorder in Children: A Population-Based Cross-Sectional Study in Korea
https://doi.org/10.3390/ijerph22091422
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部