なんでも顔のように見えてしまう現象に新事実

心理学

中国の中国科学院心理研究所(CAS)とイギリスのサリー大学で行われた研究によって、なぜ人が壁のシミや電源コンセント、雲の形などの「顔ではないもの」にまで顔を見つけてしまう現象の新たな視点が明らかになりました。

研究では「本物の顔」と「顔っぽい模様」を見た時の違いが調べられており、本物の人の顔を見たとき、脳は視線の向き、つまり「目の方向」といった細かい情報をもとに注意の向きを変えますが、無生物の場合は「目と口の並び」といった顔全体の形状を重視しているのです。

つまり、本物の顔の目は特定の方向に注意を向けさせる一方で、顔のように見える物体は目のような部分の効果をより強める効果が働いていたのです。

なぜ私たちの脳は、このような「本物ではない顔」にまで敏感に反応してしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年7月15日に『arXiv』にて発表されました。

目次

  • なぜ“顔じゃない顔”に引き寄せられるのか
  • 「本物の顔」と「偽物の顔」は注意の質が違っていた
  • 顔に見える仕組みを利用する新しいデザイン戦略

なぜ“顔じゃない顔”に引き寄せられるのか

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Credit:Canva

この「存在しないはずの顔が見える」不思議な現象は、科学的には顔パレイドリアと呼ばれています。誰もが一度は経験したことがあるでしょう。

たとえば壁のシミが人の顔に見えたり、雲の形が動物や人の表情に見えたりすることがあります。

人間の脳は進化の過程で、少ない情報からでもすばやく顔を見つけられるように発達してきました。

これは、危険や社会的な合図を見逃さないための安全策でもあり、見間違いであっても「顔っぽいもの」を認識することがあるのです。

過去の研究では、この現象がただの錯覚以上の働きを持っていることが示されてきました。

顔に似た形のものは、本物の顔を見たときと同じように、人の注意を引きつけたり、見る方向を決めるきっかけになったりすることがあります。

そしてそれは、視線や表情といった社会的な手がかりとして脳が処理している場合もあります。

ただし、顔パレイドリアがどのように注意を引きつけているのか、またその仕組みが本物の顔による「視線の効果」とどれくらい似ているのか、これまでの研究では十分に比べられていませんでした。

視線の効果(視線キュー効果)とは、人がある方向に視線を向けたとき、それを見た人の注意も同じ方向に自然と移る現象です。

この反応は、社会の中で円滑にコミュニケーションをとるための基本的なしくみで、周囲の変化にすばやく気づくためにとても重要と考えられています。

これまでの研究では、本物の顔と顔に見える物体は別々に調べられることが多く、同じ条件で両者を直接くらべた例は多くありませんでした。

そこで、中国科学院とイギリスのサリー大学の研究チーム(Chenら)は、同じ実験の形式の中で「本物の人の横目」と「顔に見える物体」の両方が、どのように人の注意を動かすのかをくらべて調べました。

さらに研究では、顔を普通の向きに見せた場合、目だけを切り出した場合、顔全体を上下逆さまにした場合という3つのパターンを使って、目などの部分的な手がかりと、顔全体の形(グローバル情報)が注意を動かす力にどう関わっているのかを詳しく調べました。

こうした工夫により、本物の顔と顔パレイドリアの共通点や違いがはっきりし、「顔に見えるもの」が脳の中でどう処理されているのかに新しいヒントが得られたのです。

本物の顔と顔に似た物体で脳は本当に同じ処理をしていたのでしょうか?

「本物の顔」と「偽物の顔」は注意の質が違っていた

「本物の顔」と「偽物の顔」は注意の質が違っていた
「本物の顔」と「偽物の顔」は注意の質が違っていた / Credit:How face-like objects and averted gaze faces orient our attention: The role of global configuration and local features

研究チームは、実験ごとに異なる参加者を集めて、全部で4つの視線による注意の動きを調べる課題を行いました。

実験の基本的な流れは次のとおりです。

まず、画面中央に注視点(「+」マーク)が1秒間表示されます。そのあと、中央にヒント画像が0.3秒間だけ表示されます。

続いて、画面の左または右に、ターゲットとなる印(小さなマーク)が0.1秒だけ現れます。

さらに1秒間の黒い画面をはさんで、参加者はマークが出た位置(左または右)を素早くキーボードで答えるように指示されます。

ヒント画像には3種類の向きがありました。

顔が横を向いていてマークも同じ方向に出る「的中(コングルエント)」、逆の方向に出る「不的中(インコングルエント)」、正面を向いた「中立」です。

反応時間の違いから、ヒント画像が参加者の注意をどれだけ動かしたかが測定されました。

ここで使われたヒント画像は2種類あります。

1つ目は、人の顔の写真で、視線だけが横を向いている「横目」の画像です。顔は正面を向いていても、目だけがそらされている状態です。

2つ目は、人の顔ではないけれど「目」や「口」に見えるようなパーツが並んだ物体の画像で、これを「顔に見える物体(顔パレイドリア刺激)」と呼びます。

具体的な画像の内容は、研究者がオンライン公開した資料(OSF)で確認できますが、ここでは説明のために一般的な例を使っています。

実験の結果、参加者は本物の顔の横目でも、顔に見える物体でも、どちらでもその「向いている方向」に自然と注意を向けることが分かりました。

つまり、人の顔だけでなく、「顔っぽい物体」も、視線のヒントとして機能するのです。

脳は、目や顔のような形を見ただけで、それがあたかも矢印のように感じてしまい、その方向へ注意を動かしてしまいます。

けれども、本物の顔と顔っぽい物体では、注意が動く仕組みが少し違っていました。

本物の顔の場合は、視線の方向という「目の動き」などの細かい部分(局所的な特徴)に注意が引かれていました。

一方で、顔に見える物体の場合は、画像全体の「顔らしい形」(グローバルな構造)が、目に見える部分の影響を大きくしていたのです。

この違いを例えるなら、「目」は矢印で、「顔の形」はその矢印を拡大する拡声器のような働きをしている、ということになります。

本物の横目は、それ自体が強力な矢印のように機能します。

一方で顔に見える物体の場合は、顔全体の配置が「この部分が目ですよ」と強調しているため、目のように見えるパーツの影響力が強まるのです。

研究者たちはこの点において、顔っぽい物体において構成パーツが揃うことで、目のようなパーツに「社会的な矢印(視線)」としての意味を自動的に与え、注意の方向づけがより強くなる可能性があると述べています。

言い換えれば、顔っぽい配置があると、脳は“これはただの模様じゃない、もしかしたら誰かが見ているかもしれない”と考え始めます。

その瞬間、目のような部分の持つ「視線」の信号は、顔全体の構造という“拡声器”で増幅され、あなたの注意をグッと引き寄せてしまうのです。

【コラム】アニメキャラの大きな目

私たちがアニメやマンガのキャラクターを見ると、現実には存在しない顔なのに、なぜか強く引き込まれることがあります。今回の研究結果をもとに考えると、その理由の1つが「顔っぽい全体構造」と「大きな目」の組み合わせにあるのではないかと思えてきます。今回紹介した論文では、「顔らしい全体構造」があると、その中に含まれる“目のようなパーツ”が注意を引く効果を強めることが示されています。人の脳は、目・鼻・口の位置関係が顔らしい並びになっていると、それが実在の人間の顔でなくても「顔」として処理します。そして、この全体構造が“拡声器”のように働き、目の部分が持つ視線の情報をより強く感じさせるのです。

ここから先は、論文の知見を踏まえた推測です。アニメキャラの大きく描かれた目は、その形やコントラスト、視線の向きがより目立つため、注意を引きつける「信号の強さ」が格段に増します。さらに、顔全体の形が整っていること自体が、この目の効果を“拡声器”のように増幅します。その結果、大きな目はより「誰かに見られている」という社会的な意味を持ちやすくなり、視線や感情の情報が強く伝わる可能性があります。そしてこの仕組みは、現実の人間の顔では起こらないレベルの「視線の目立ちやすさ」と「感情表現の鮮明さ」を生み出せるのかもしれません。言い換えれば、アニメキャラの魅力はデザイン上の偶然ではなく、私たちの脳の顔認識と注意の仕組みを巧みに利用した“計算された効果”ともいえるでしょう。

さらに、顔に見える物体の画像を上下逆さまにすると、顔らしい配置が崩れ、注意を動かす効果が弱まりました。

本物の顔でも、逆さまや目だけを抜き出した画像では効果が弱くなることが確認されました。

つまり、「顔らしい形」があることで、目のような部分の注意を引く力が大きくなるのです。

最後に行われた比較実験では、注意を動かす力そのものは、顔に見える物体よりも本物の横目のほうが強いこともわかりました。

つまり、「もっとも強力な矢印」はやはり人間の横目だったのです。

この結果は、脳が「誰かの視線」を最も優先的に処理するよう進化してきたことを示しているといえます。

顔に見える仕組みを利用する新しいデザイン戦略

顔に見える仕組みを利用する新しいデザイン戦略
顔に見える仕組みを利用する新しいデザイン戦略 / Credit:Canva

今回の研究では、「顔のように見える物」が私たちの注意をどう引きつけるのか、その仕組みを本物の顔と直接比べて調べました。

本物の顔でも、顔のように見える物でも、私たちは自然とその「見ている方向」に注意を向けてしまいます。

ただし、どちらも同じように見えるだけで、実は脳の中で動いている仕組みは違っていたのです。

本物の顔では、目の向きといった細かい部分(局所的な情報)が、顔のように見える物では、目と口のようなパーツの並び方(全体的な構造)が、それぞれ注意の方向を決めていることがわかりました。

たとえば、誰かが横目で何かを見ていれば、私たちもついその方向を見てしまいますよね。

それと同じように、顔に見える模様がこちらを向いているように見えれば、つい目が引きつけられてしまうのです。

こうした脳の反応には、進化の中で「危険を見逃さないようにする」しくみが関わっているかもしれませんが、残念ながら今回の研究ではその点までは深く調べていません。

発見されたことは、科学的におもしろいだけでなく、身近な生活にも役立つかもしれません。

研究チームは、この「顔らしさの力」が広告やデザインの分野にも使えると考えています。

たとえば、製品のパッケージやキャラクター、車のフロントのデザインなどに顔のような配置を取り入れると、見る人の無意識の注意を引きつけて、より強く印象づける効果が期待できるのです。

このような可能性については、実際の論文の中でも言及されています。

私たちも実際、家電製品が「なんだか可愛い顔」に見えたり、ポスターの大きな目に思わず目がいったりしたことがあるかもしれません。

そうした「顔のように見える物体」がもつ引力をうまく活かせば、人々の注目を集める新しい方法として、社会で広く使えるかもしれません。

とはいえ、本物の「横目」が持つ力もあなどれません。

人の横目には、見るだけで本能的に「何かある」と反応してしまうような強さがあります。

今後の研究では、本物の視線と顔に見える物体の効果を組み合わせて、もっと効果的なデザインやユーザーインタフェースの開発ができるかもしれません。

この研究の成果は、人間の知覚のしくみを理解する手がかりになるだけでなく、私たちが日常の中で感じている「顔に見える不思議な感覚」に、科学的な説明を与えてくれたのです。

次に、壁の模様やコンセントの穴が「こっちを見てる」と感じたときには、あなたの脳がそのとき何をしているのか、ぜひ思い出してみてください。

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元論文

How face-like objects and averted gaze faces orient our attention: The role of global configuration and local features
https://doi.org/10.1177/20416695251352129

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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