なぜ「休むこと」が生産的なのか?“何もしない”の科学

絶え間なく変化する現代社会では、「休息は怠惰だ」と心のどこかで感じている人が少なくありません。

「常に動き続けていないと取り残される」といった焦燥感を抱えている人も多いでしょう。

米国テキサス大学サウスウェスタン医療センター(UTSW)に所属するティファニー・ムーン(Tiffany Moon, M.D.)氏は、そんな現代人の価値観に警鐘を鳴らしています。

彼女は「何もしないことが、最大の生産性を生む」ということを科学的な知見から語っています。

なぜ「休むこと」がなぜ生産的なのかを脳科学と医学の観点から読み解いていきましょう。

目次

  • 脳の科学が明かす「何もしない」時間の重要性
  • 「休むことは戦略である」 一流が実践する持続性の科学

脳の科学が明かす「何もしない」時間の重要性

「何かをしていないと落ち着かない」「手を止めたらサボっていると思われそう」と感じますか?

たとえば、スマホを手放せなかったり、カレンダーに予定が埋まっていないと不安になったりする感覚があるかもしれません。

私たちがそう感じる背景には、「休息=怠惰」という文化的な固定観念があります。

しかし、最新の神経科学の研究では、まったく逆の事実が明らかになっています。

それが、脳の中で「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる領域の働きです。

このDMNは、仕事や家事などの“課題に集中していないとき”に活性化する脳のネットワークであることがわかっています。

このネットワークは、記憶を整理して統合する働きを持っています。

また、問題解決のための準備を行うことや、内省や創造的な発想を促すことにも関与しています。

つまり、「ぼーっとしている時間」にこそ、私たちの脳は裏で極めて重要な作業をしているのです。

この事実は、多くの人が「ひらめきはシャワー中や散歩中に降ってくる」と感じる理由にも一致します。

集中状態ではアクセスできないような、脳の深い層が働き始めるのです。

さらに、たとえ短い時間であっても、定期的に休息を取ることが重要だと分かっています。

例えば米イリノイ大学の研究によると、長時間の作業の合間に短い休憩(わずか数分)を入れることで、 集中力の持続が高まることが証明されています。

これは、「ポモドーロ・テクニック(25分作業+5分休憩)」などの時間管理術が科学的にも正当性を持つことを裏付けています。

そして休むことは、私たちがストレスを抱えないうえでも非常に重要です。

「休むことは戦略である」 一流が実践する持続性の科学

ムーン氏が特に警鐘を鳴らしているのが、休まずに頑張り続けることの危険性です。

人は過度な労働を続けると、ストレスホルモンであるコルチゾールの濃度が高まり、 慢性的な疲労や不眠、免疫力の低下、情緒不安定、さらにはうつ病やバーンアウト(燃え尽き症候群)へとつながります。

これらは単なる“気の持ちよう”ではなく、生理学的な問題なのです。

誰もが「休息」を取り入れる必要があります。

実際、ムーン氏も、過去1年でサミットの開催、ポッドキャストを開設、書籍の出版という怒涛の活動をこなした結果、「休まなければ倒れると自覚した」と述べています。

そこで彼女が行ったのは、「何もしないことをスケジュールに入れる」という方法です。

例えば、朝の時間をゆっくりと過ごしたり、長めの散歩を楽しんだり、メールを完全にシャットアウトする時間を確保したりしました。

これらを日常に取り入れることで、「再び創造性やエネルギーが戻ってきた」と語っています。

ここで重要なのは、休むことを「報酬」ではなく「戦略」として扱うことです。

一流のプロたちはこのことを本能的に理解しています。

例えばスティーブ・ジョブズは創造的な思考のために長い散歩を習慣にしていました。

また、一流のアスリートもトレーニング日と同じように休息日もスケジュールに組み込んでいます。

さらに、医学の世界でも、治癒は活動中ではなく休息中に進むことが知られています。

このように、「休むこと」は決して後回しにするものではなく、 むしろ成果を持続させるための不可欠なピースなのです。

ムーン氏は最後にこう語っています。

「喜びは、1日のスケジュールをぎっしり詰め込むことではなく、人生を味わう“余白”にこそ宿るのです。

時に、最も生産的なこととは、”何もしないこと”だったりします」

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参考文献

Why Rest Is Productive: The Science of Doing Nothing
https://www.psychologytoday.com/us/blog/your-authentic-joy/202508/why-rest-is-productive-the-science-of-doing-nothing

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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