ある女王アリは『別種の雄クローン』を産んで”雑種の働きアリ”を作っていた

自分と同じ種の子どもを産むことは、動物界の常識のように思えます。

しかし、この常識を大胆に破る存在が見つかりました。

それが、ヨーロッパ全土に生息するMessor ibericusの女王アリです。

フランス・モンペリエ大学(Montpellier University)の研究チームは、この女王アリが“自分とは別種”のオスをクローンで生み出し、それを使って雑種の働きアリを作るという驚くべき現象を発見しました。

この研究成果は、2025年9月3日付で科学誌『Nature』に掲載されています。

目次

  • Messor ibericusの女王は他種のオスの精子を使って「雑種の働きアリ」を産む
  • 「女王アリが別種のクローンオスを“産む”」驚異の仕組み

Messor ibericusの女王は他種のオスの精子を使って「雑種の働きアリ」を産む

アリ社会は「女王」「オス」「働きアリ(ワーカー)」という明確なカーストで成り立っています。

通常、多くのアリでは、女王が自分と同じ種のオスと交尾し、受精卵からは「女王」や「働きアリ」、未受精卵からは「オス」が生まれるというシンプルな繁殖システムが見られます。

しかし、Messor ibericusでは事情がまったく異なります。

この種では、女王が自分の種のオスと交尾した場合、女王アリしか産めず、働きアリが全く誕生しません

働きアリは巣の維持や幼虫の世話など、社会の基盤を支える重要な役割を持つため、ワーカーがいなければコロニーは存続できません。

では、Messor ibericusの働きアリはどうやって誕生しているのでしょうか。

調査によって、実はMessor ibericusの働きアリは、「自分の種と、別の種(Messor structor)の雑種=ハイブリッド」であることが分かっています。

つまり、Messor ibericusの女王は、他種(Messor structor)のオスと交尾したときだけ、雑種の働きアリを産めるという仕組みで社会を維持していたのです。

ここでさらに大きな謎が浮かび上がりました。

ヨーロッパ各地のMessor ibericusコロニーを調査した研究チームは、別種のMessor structorの生息域から1000km以上も離れた場所でも、なぜか“雑種の働きアリ”が大量に存在していることを発見したのです。

本来、他種のオスがいなければ雑種は生まれないはず。

一体、女王アリはどこでMessor structorの精子を手に入れているのでしょうか?

この疑問を解き明かすため、研究チームは各地から390個体を集めて遺伝子解析を行い、さらに女王アリ単独のコロニーを人工的に作り、女王だけを隔離して産卵から成虫までの発生を詳細に観察しました。

「女王アリが別種のクローンオスを“産む”」驚異の仕組み

ラボでの観察と詳細な遺伝子解析が、驚くべき事実を明らかにしました。

隔離されたMessor ibericusの女王アリから、なんと2種類のオスアリが“産まれるのです。

ひとつは自分と同じ種のオス(体が毛深いタイプ)、もうひとつは「Messor structor」とまったく同じ遺伝子を持つ“別種”のオス(毛がほとんど無いタイプ)。

どちらも女王アリが産んだ卵から生まれた個体ですが、両者は遺伝的にも明確に区別できました。

特に「Messor structor型」のオスは、核DNAは完全にM. structorそのものですが、ミトコンドリアDNA(母系遺伝)は女王(M. ibericus)のものでした。

これは、女王アリが「自分の卵から、M. structorの精子のみを用いて“他種のクローンオス”を生み出している」ことを示唆しています。

卵の中から女王自身の核DNAを除去し、過去に体内に保存していたM. structorの精子、またはすでに自分の巣内で維持してきたクローンオスの精子のDNAだけが次世代オスとして発現するのです。

こうして産まれた“クローンオス”は、さらに女王アリと交尾し、雑種の働きアリを作るための「精子供給源」として使われます。

この仕組みにより、Messor ibericusの女王は「自分の巣の中だけで、M. structorオスのクローンを維持し続ける」ことが可能となり、周囲に別種のコロニーがいなくても、雑種の働きアリを安定して生み続けることができます。

この「異種のオスを自ら生み、雑種を作る」という現象は、これまで動物界では報告されたことがありませんでした。

研究チームはこの現象を「xenoparity(異種産生)」と名付けています。

ちなみに、この方法で作り出された別種のクローンオスは、野生のM. structorオスに比べて形態が異なり(スリムで毛が少ない)、遺伝的多様性も低くなっており、家畜化にみられる特徴とよく似た傾向を示しています。

今回の発見は、一部の科学者を困惑させています。

「そもそも種とは何か」という概念すら揺るがしかねないものなのです。

全ての画像を見る

参考文献

Ant Queen Breaks the Rules of Biology by Producing Male Offspring That Are a Different Species
https://www.zmescience.com/science/news-science/ant-queen-breaks-the-rules-of-biology-by-producing-male-offspring-that-are-a-different-species/

Iberian harvester ant queens are cloning different species to produce hybrid workers
https://phys.org/news/2025-09-iberian-harvester-ant-queens-cloning.html

元論文

One mother for two species via obligate cross-species cloning in ants
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09425-w

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

タイトルとURLをコピーしました