微小生物クマムシに「タトゥーを彫り込む」という驚きの新技術が開発されました。
中国・西湖大学(Westlake University)の研究チームが開発した「アイス・リソグラフィー(Ice Lithography)」は、これまで不可能とされていた「生きたまま生物への微細加工を可能にする」新しい手法です。
しかしこのタトゥー技術は小さな生物になら何でも可能なわけではなく、クマムシでなければ耐えられない過酷なものでした。
研究の詳細は2025年3月31日付で科学雑誌『Nano Letters』に掲載されています。
目次
- 銃弾に入れられて発射されても死なないクマムシ
- クマムシにタトゥーを刻む「氷の彫刻法」とは?
銃弾に入れられて発射されても死なないクマムシ
あらゆる過酷な環境に耐えられることで有名な最強生物、クマムシ。
クマムシは、体長およそ0.1〜1.2ミリメートルほどの微小生物で、8本の脚とずんぐりした体つきから「ウォーターベア(水のクマ)」の愛称で親しまれています。
クマムシの最大の特徴は、その驚異的な耐久性にあります。
−200℃の極寒や150℃を超える高温、真空状態、放射線、強烈な水圧、そして放射濃度の高い宇宙空間といった極限環境でも生存できることが、数々の実験で明らかになっています。
近年の研究では、銃弾の中に入れられて発射されても死なないことが証明されました(Astrobiology, 2021)。

この驚異の耐久力の秘密は「乾眠(クリプトバイオシス)」と呼ばれる特別な休眠状態にあります。
乾燥や寒冷などのストレスが加わると、クマムシは代謝を極限まで低下させ、体から水分を抜いて、あたかも“時間が止まった”かのようなミイラ状態になるのです。
どこからどう見ても死んでいるようにしか見えませんが、クマムシはちゃんと生きています。
その証拠に、再び水分を与えると乾眠状態が溶けて、また元の元気な姿に戻るのです。
これまでの調査では、40年近く乾眠させたクマムシが復活した事例が報告されています。
この「不死身」とも称される性質が、今回の研究のターゲットに選ばれた理由でもあります。
クマムシにタトゥーを刻む「氷の彫刻法」とは?
今回開発された「アイス・リソグラフィー」は、生きた生物の体表面に直接パターンを形成する画期的な手法です。
その手順を見てみましょう。
まず、クマムシをゆっくりと脱水させ、乾眠状態にします。
次に、炭素複合紙の上にクマムシを配置し、−143℃まで冷却した後、表面を「アニソール」という有機化合物の保護層で覆います。
アニソールも凍るので、クマムシは極薄の氷の層で覆われることになります。
次に、電子ビームを用いてこの氷の層に微細なパターンを彫り込みます。このとき、アニソールが保護幕としてクマムシを傷つけないように守ってくれます。
そしてビームの照射によってアニソールが化学反応を起こし、生体適合性の新たな化合物が生成され、それがクマムシの表面に定着します。
その後、真空中でクマムシを室温まで温めると、未反応のアニソールが自然と気化し、ビームによって刻んだパターンだけが残るのです。
これがタトゥーとなります。

そして再び水を与えてクマムシを蘇生させると、パターンをまとったまま元気に動き始めるのです。
この手法により、最小で72ナノメートル幅の点や線、さらには大学ロゴまで、多様な微細構造を形成することができました。
実験では、処置を施されたクマムシの約40%が生存し、その後の行動にも悪影響は見られませんでした。
これはアイス・リソグラフィー技術が生体に与える影響が極めて少ないことを意味しています。
ただ現時点で、この過酷なタトゥーを生きたまま耐えられるのはクマムシくらいでしょう。
今後、この技術はバイオセンサーや医療デバイスの表面加工、生きた組織へのマイクロデバイスの搭載など、さまざまな応用が期待されています。
また、極限環境下でのバイオ材料研究や、微生物サイボーグといった未来技術の土台にもなる可能性があるとのことです。
参考文献
Scientists have found a way to ‘tattoo’ tardigrades
https://www.eurekalert.org/news-releases/1081415
元論文
Patterning on Living Tardigrades
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.nanolett.5c00378
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部