私たちは時に、明らかに誤りが証明されてもなお、それを認めず信じ続ける人に出会います。
ビジネスの現場での判断ミスや、恋愛や人間関係の執着、ギャンブルや投資での「次こそは取り返せる」という思い込みなど、誰もが日常の中で同じ心理に陥ることがあります。
SNS上の陰謀論者や、不祥事を起こした人物の強烈なファンなども、その一例でしょう。
こうした行動の背景には「自分の選択が間違っていた」と認めることへの強い抵抗感があります。
この「失敗を認めない心理」を科学的に解き明かそうとした研究が約70年前に行われました。
心理学者レオン・フェスティンガーは、人間がどのようにして自分の誤りを否定し、信念を守ろうとするのかを解き明かすため、予言を外したカルト教団へ大胆な潜入調査を実行し、信者たちの行動を観察したのです。
この研究はやがて「認知的不協和理論」という画期的な心理学理論の誕生につながることになります。
目次
- カルト教団に潜入した心理学者の壮絶フィールドワーク
- 心理のトラップ──認知的不協和と努力の正当化
- 現代ネット社会にも通じる心理──アンチの存在が信者の結束を強める
カルト教団に潜入した心理学者の壮絶フィールドワーク

1953年、アメリカ・シカゴ郊外に「The Seekers(探索者たち)」というUFO信仰の小さな宗教団体が現れました。
その中心にいたのがドロシー・マーティン(Dorothy Martin:論文内では仮名マリアン・キーチと表記)、という女性です。
マーティンは平凡な主婦でしたが、当時流行していたオカルト思想に傾倒し、自分は宇宙の高次存在(クラリオン星の宇宙人)からテレパシー通信を受け取っていると信じるようになり、1954年12月21日に世界は大洪水で滅び、自分たち信者だけが迎えに来たUFOによって救われるという終末予言を打ち出したのです。
この異様な教団に関心を持ったのが心理学者のレオン・フェスティンガーです。
フェスティンガーは大きな失敗に直面したときの人間心理として、「人は自分が間違っていたと証明されたても、簡単に誤りを認めず、むしろ信念を強化する」という理論を考えていました。
ただ、この失敗を認めない心理のメカニズムを科学的に検証するためには、実際に信念と現実の巨大な矛盾に直面した人々の行動を観察する「ケーススタディ」を見つける必要がありました。
そのためThe Seekersは、彼にとって絶好の観察対象となったのです。
The Seekersの信者たちは、年末に世界が滅ぶという予言を信じ、仕事をやめ、財産を投げ売ってこの教団に参加していました。これは重大な人生選択の誤りです。
そのためフェスティンガーは、このカルト集団の「終末予言が外れたときに信者たちがどうするのか」を観察することで、自分の理論を証明しようと考えました。
普通に考えると、教団の唱える終末の予言が外れた場合、信者たちは騙されていたということに気づいて、教団から離反したり、反乱を起こすように思えます。
実際、そんな展開は漫画や映画では割と見かける場面です。
しかし、心理学者であるフェスティンガーは先にも述べた通り、自身の理論に従い「人は誤りが証明されても、それを認めることが出来ずに固執するだろう」という予測を立てていました。
そのため彼は一見非合理に思えるが、信者たちは予言が外れた場合、むしろ信仰心を強め、布教活動に熱心になるだろうと考えていたのです。
そしてこの観察のために、フェスティンガーたちは前例のない驚きの研究計画を実行に移しました。
なんとフェスティンガーの研究チームは、研究者を実際この教団に入信させ、内部から彼らを観察したのです。
そのため1人の研究者は「メキシコで老婆に出会い、啓示を受けた」というストーリーをでっちあげ、別の研究者は「夢の中で洪水から救われる予知夢を見た」と言ってThe Seekersにコンタクトを取りました。
こうして彼らはカルト集団への潜入を果たし、昼夜を問わず、信者たちの動きや発言、心理状態を詳細に記録したのです。
これは社会心理学の実地観察としては前例のないほど過酷かつ挑戦的なフィールドワークで、後の学問史に残る名研究となります。
心理のトラップ──認知的不協和と努力の正当化
そして、いよいよ迎えた1954年12月21日。
彼らはマーティンの家の庭で祈りを捧げ、迎えのUFOを待っていましたが、当然ながら世界は滅びず、彼らを迎えに来るUFOも現れませんでした。
常識的に考えると、こうした状況に対して信者たちは失望して団体を離れるように思えますが、結果は全くの逆でした。
信者たちは「我々の祈りが神に届き、世界が救われたのだ」と解釈を変え、むしろ以前より積極的に布教活動をを始めたのです。
ただ、これはフェスティンガーの予想通りの結果でした。
では、なぜ世界の破滅が来るという予言がハズレたのに、信者たちの信仰心は逆に高くなったのでしょうか?
The Seekersの信者の多くは強い決意を持って入信しており、教団に参加するに当たって仕事や財産を手放していました。こうした状況で、教団の予言が外れるという現実に直面した場合、信者たちは自分の信念と現実との間に生じた矛盾に、強い精神的な不快感(不協和)を感じます。
この不快感を減らすためには、自らの誤りを認め信念を放棄するか、現実を再解釈するしかありません。
そして、The Seekersの信者たちは、これを解消するために事実を都合よく再解釈し、心理的な安定を得たのです。
当時、フェスティンガーはこの理論にまだ名前を付けていませんでしたが、後にこれは「認知的不協和理論(Cognitive Dissonance Theory)」と名付けられることになります。
この認知的不協和によって起きる現象は、その後、別の心理学実験でも詳しく示されています。
1959年、エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズは努力の正当化という実験を行いました。
彼らは女子大学生を対象に、性的な問題について話し合う架空のディスカッショングループに参加するための試験として、一部の女性(実験群)に恥ずかしい官能小説の朗読させるというかなり恥ずかしい課題を課し、別の女性(対照群)には性的な意味を含む単語を数語読み上げるだけの軽い課題を課しました。
その後、全員に動物の性行動についての録音された非常に退屈な議論を聞かせました。(これはわざとつまらない無意味な講義を聞かせています)
そして、その後にこの議論に参加した感想を参加者たちから集めました。
すると単語を読み上げただけの女性たちは、つまらなかった、退屈だった、参加しなければよかった、という感想が出たのに対し、なんと恥ずかしい試験を受けた女性たちは「有意義だった」「この議論には価値があった」と高く評価したのです。
これは参加に苦労や覚悟が伴うと、参加したことが失敗だったと感じる状況でも、人はその事実を無意識に認めず、その不協和を解消するために現実を歪んで解釈してしまうことを示しています。
これはビジネスにおいて会社の上層部が誤った経営判断を訂正できずに突き進んでしまったり、恋愛において恋人が問題のある人間だとわかっても離れられなかったり、投資やギャンブルにおいて引き際を見極められないなどの問題にも通じていると考えられます。
現代ネット社会にも通じる心理──アンチの存在が信者の結束を強める
この研究は現代では主流の心理学研究の多くが発表前だった70年前のものです。
そのため、当時は認知的不協和理論の枠組みのみでこの現象が説明されましたが、現在ではフェスティンガーのこの興味深い観察報告について、より多層的な解釈が可能になっています。
まず注目されているのが社会的アイデンティティ理論(Social Identity Theory)です。これは1970年代にイギリスの社会心理学者ヘンリー・タジフェルらによって提唱されました。
この理論によれば、人は「自分がどの集団に属しているか」によって自己評価や行動を決める傾向があり、無意識のうちに周囲の人達を「内集団(ingroup、自分たちの仲間)」と「外集団(outgroup、その他の人間)」に分け、内集団に対して強い忠誠心や連帯感を持つようになります。
The Seekersでも、外部の嘲笑や否定的な報道によって「信者」対「大衆」という対立構造が強化され、信者たちの仲間意識と信仰心がむしろ強まっていたと考えられます。
また行動経済学におけるサンクコスト効果(Sunk Cost Effect)も関連すると考えられています。
これは「すでに費やした労力やお金、時間を無駄にしたくない」という心理から、状況が悪くなっても行動を変えられなくなる現象です。(この現象は、音速旅客機コンコルドの開発が典型例として紹介されるため、一般にはコンコルド効果という名で知られています)
The Seekersの信者たちも、すでに仕事や財産、家族や人間関係を犠牲にしてきたことから、「ここで信仰をやめるわけにはいかない」という心理に陥ったと考えられます。
さらに心理学の心理的リアクタンス(psychological reactance)から解釈することもできます。
これは1960年代にジャック・ブレームによって提唱されたもので、人は自分の自由や選択肢が奪われると反発するという心理的傾向を指します。
この現象は、ネット上では「カリギュラ効果」という呼び名で有名です。これは「カリギュラ」という映画が、過激な内容により公開禁止になった途端人々の関心を大きく集めてしまったという出来事からメディアが作った用語です。(カリギュラ効果は学術用語ではなく、主にコンテンツ規制に対して使われる俗称)
「心理的リアクタンス」はもっと広範な現象を扱っており、親への反抗期や、The Seekersの信者たちの行動に対しても適用されます。
この文脈では周囲から「やめろ」「間違っている」と否定されることで、信者たちはその反発から「自分たちは正しい」という確信を強めてしまったと考えられるのです。
このようにThe Seekersの事例は、当時は認知的不協和のみで説明されましたが、現在では社会的アイデンティティ理論、サンクコスト効果、リアクタンス理論など複数の理論を組み合わせることでより包括的に理解されています。
SNS社会ではカリスマ的インフルエンサーやアイドルをめぐるファンとアンチの対立にも同様の心理構造が見られます。

そう考えると、The Seekersの研究は、70年前にすでにネット社会における人間行動のパターンを先取りしていたと言えるかもしれません。
カルト教団への潜入調査という型破りな手法と、人間心理の根源に迫った先駆的研究。
フェスティンガーたちの『When Prophecy Fails(予言が外れるとき)』という研究は、人がなぜ「間違いを認めず信じ続けるのか」という普遍的な疑問への答えを提示しました。
間違いは誰にでも起きるものです。重要なことは早期にその間違いを認め改善点を見つけ出すことです。
しかし、間違いを認めない限り、その問題は永遠に解決されません。人が失敗を認めない心理を理解することは、問題解決を早める最も重要な知識となるでしょう。
参考文献
When Prophecy Fails
Click to access Festinger-Riecken-Schachter-When-Prophecy-Fails-1956.pdf
https://ia802802.us.archive.org/4/items/pdfy-eDNpDzTy_dR1b0iB/Festinger-Riecken-Schachter-When-Prophecy-Fails-1956.pdf
元論文
The effect of severity of initiation on liking for a group.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/h0047195
When Prophecy Fails and Faith Persists: A Theoretical Overview
https://doi.org/10.1525/nr.1999.3.1.60
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部