「診断を受けるだけ」で心が癒される効果とは?

診断を受けて病名を知るだけで、気持ちや症状が大きく和らぐことがあるものです。

医療やカウンセリングの現場では、そんな不思議な場面がしばしば報告されます。

実際、治療や薬の投与が始まる前から「あなたは○○です」と診断されるだけで、「やっと自分が分かった」「安心した」と涙を流す患者も少なくありません。

このような現象に注目し、名前を付けたのが米国ジェームズ・マディソン大学(JMU)のアラン・レビノヴィッツ教授と、ケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)の精神科医アワイス・アフタブ氏です。

彼らは、この現象を童話にちなんで「ルンペルシュティルツヒェン効果(Rumpelstiltskin effect)」と名付けました。

2人の概念提案の論考は、2025年8月22日付の『BJPsych Bulletin』誌に掲載されました。

目次

  • ルンペルシュティルツヒェン効果とは?
  • 診断名がもたらす光と影

ルンペルシュティルツヒェン効果とは?

この研究の背景には、医療者が長年共有してきた経験的な疑問があります。

なぜ診断名を伝えるだけで患者は安堵し、症状が軽くなったかのように感じるのか

レビノヴィッツ教授とアフタブ氏は、現場で繰り返し観察されてきたエピソードや、既存の調査・臨床研究・レビューを参照しながら、この「診断名そのものが癒しになる」効果を概念的に整理しました。

そして、この不思議な現象を「ルンペルシュティルツヒェン効果」と名付けたのです。

その名前の由来は、グリム童話『ルンペルシュティルツヒェン(Rumpelstilzchen)』にあります。

物語では、粉引き屋の娘が王に「藁を金に紡げ」と迫られ、命の危機に陥ります。

そこへ現れた小人は、娘を助ける代わりに将来生まれる子どもを差し出す約束をさせます。

後に娘が王妃となり子を授かると、小人が現れて子を要求しますが、「3日以内に私の本当の名前を当てられれば許す」と条件を出します。

必死に探し回った末、娘は「ルンペルシュティルツヒェン」という名を突き止め、呪縛から解放されます。

この童話には、「名前には対象を支配する力がある」という世界的に広がる考えが込められています。

名前を知ることで不可解なものを説明し、コントロールできるようになる。

レビノヴィッツ教授らは、診断名が持つ心理的な力も同じ原理で説明できると考えました。

実際、この現象はADHD、緊張型頭痛、耳鳴り、慢性疲労症候群、不眠症、過敏性腸症候群など、幅広い診断で臨床的に観察されています。

診断名がもたらす光と影

それでは、診断名を伝えるだけでなぜ人は癒されるのでしょうか。

研究者らは複数のメカニズムを示しています。

第一に、診断名は「苦しみに説明や枠組みを与える」役割を果たします。

原因不明の不調は「怠けている」「弱い」といった自己否定につながりがちですが、診断名がつくことで「自分のせいではなかった」と安心できます。

第二に、診断名によって同じ経験を持つ仲間や支援団体とつながりやすくなります。

これは孤独感を軽減し、社会的な承認を受けやすくする効果があります。

第三に、診断を伝えるという行為そのものが「一種の儀式的な意味」を持たせます。

正式に告知されることで、患者は社会的に「病者の役割」を得て、治療や配慮を正当に受けられる立場に置かれます。

こうした状況はプラセボ効果に似た安心感や期待を生み、症状改善につながることがあります。

実際、このような効果は、既存のレビュー研究や一部の臨床試験でも示されています。

例えば、医師が明確に診断名と前向きな説明を行った場合、患者の満足度や改善度が高かったことが報告されているのです。

一方で、ルンペルシュティルツヒェン効果には負の側面もあります。

診断名がレッテルやスティグマとなり、偏見や差別につながるリスクがあるのです。

特に精神疾患の診断は、就労や人間関係で不利益を生む場合があります。

また、診断を「自分の全て」と受け止めてしまうと、「どうせ自分は病気だからできない」という思い込みに囚われ、回避行動が強まり、かえって悪循環が続く危険もあります。

このように診断名は「魔法の言葉」として希望を与える一方で、扱い方を誤ると長期的な心理的ダメージをもたらすこともあります。

研究者らは、今後この効果をプラセボ効果と同じように科学的に検証する必要があると指摘します。

科学的な解明はまだ始まったばかりですが、診断の持つ「名前の力」を前向きに活かしていきたいものです。

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参考文献

The “Rumpelstiltskin Effect”: When Just Getting A Diagnosis Is Enough To Start The Healing
https://www.iflscience.com/the-rumpelstiltskin-effect-when-just-getting-a-diagnosis-is-enough-to-start-the-healing-80801

Psychiatrists describe the “Rumpelstiltskin effect”: The surprising power of simply receiving a diagnosis
https://www.psypost.org/psychiatrists-describe-the-rumpelstiltskin-effect-the-surprising-power-of-simply-receiving-a-diagnosis/

元論文

The Rumpelstiltskin effect: therapeutic repercussions of clinical diagnosis
https://doi.org/10.1192/bjb.2025.10137

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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