シャチの群れが仲間のうちの1頭を囲み、水中に沈める。
そんなショッキングな風景が初めて撮影されました。
一体何のために仲間を溺れさせるようなことをするのか?
実はこの過激な行動は本当に仲間を沈めているのではなく、仲間を溺れさせる「フリ」なのです。
BBCの新シリーズ『Parenthood(ペアレンツフッド)』が捉えたこの映像は、シャチが史上最大の動物「シロナガスクジラ」を狩るために必要なスキルを、子どもたちに教えている様子を映し出しています。
仲間をあえて「溺れさせる」ように見せかけるこの行動は、遊びではなく、本気の訓練。
それではその様子を見てみましょう。
目次
- はじめて記録された「偽の溺死訓練」
- 食料用だけではなく「娯楽」目的も?
はじめて記録された「偽の溺死訓練」
2025年、BBCの自然ドキュメンタリーシリーズ『Parenthood』の撮影チームは、西オーストラリア沖のブリーマー湾で、前代未聞の映像を撮影しました。
それはシャチが仲間を溺れさせるフリをして、狩りの訓練をしている様子でした。
映像では、若いシャチが「獲物役」を引き受け、群れの仲間たちに囲まれます。
その後、仲間たちはその若いシャチの頭部を押さえ、水中に沈めて呼吸穴を妨ぐという一連の動作を繰り返しました。
これはシロナガスクジラのような巨大な獲物を倒すための「溺死戦術」を模倣した訓練だと考えられています。
実際の映像はこちらからご覧いただけます。
(ちなみに動画の後半は、シロナガスクジラを狩る本番の映像が納められています)

この行動は以前から推測されていたものの、実際に映像として記録されたのは今回が初めてです。
BBCの広報担当者も「この“実地訓練”行動の撮影は、歴史的な快挙です」とコメントしています。
シャチの群れは、平均6〜20頭ほどで構成され、通常はダイオウイカやキングサーモンなどを主食としていますが、ときにクジラを襲うことも知られています。
特に、群れの中に子どもがいる場合、大人たちは「狩りの技術」を実践を通して教える必要があるのです。
ナレーションを担当した英国の著名生物学者デイビッド・アッテンボロー氏は、映像の中で次のように語っています。
「これらのシャチたちは、地球上で最大の生物──シロナガスクジラを狩るために、完璧な連携と戦術を習得しなければならないのです」
食料用だけではなく「娯楽」目的も?
では、なぜシャチたちはあえてシロナガスクジラのような危険な相手に挑むのでしょうか?
それは必ずしも食料のためとは限らないようです。
海洋生物学者ナンシー・ブラック氏によれば、シャチたちはクジラを「遊びの対象」として襲っている可能性が高いとのことです。
「彼ら、ネコがネズミをもてあそぶように、クジラと遊ぶのです」とブラック氏は語ります。
もちろん、巨大なシロナガスクジラにまともに挑めば命の危険もあります。
そのため、シャチたちが狙うのは病気の個体や、子どもを連れた母クジラであることが多いとされています。
特に子クジラはすぐに疲れ、群れから離れてしまうため、シャチたちにとっては格好の獲物となるのです。
つまり、シャチたちは「狩りの効率性」ではなく、「チャンスがあれば圧倒的な獲物にも挑む」という戦略的な冒険心と、社会的な遊び心を持ち合わせているということになります。
そのための訓練が、今回撮影された「溺れるフリの練習」なのかもしれません。

この映像が撮影されたブリーマー湾には、南半球で最大規模とされる約200頭のシャチが生息しており、知性と社会性に富んだ彼らの複雑な行動は、研究者にとっても多くの謎を残しています。
シャチたちは、私たちが思うよりはるかに戦略的で、社会的な動物です。
今回の「溺れるフリ」の訓練は、単なる本能ではなく、親から子へと受け継がれる“生きる技術”なのかもしれません。
参考文献
Watch a pod of orcas pretending to drown one of their own in macabre training session
https://www.livescience.com/animals/orcas/watch-a-pod-of-orcas-pretending-to-drown-one-of-their-own-in-macabre-training-session
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部