高温下では体内の水分が汗として急速に失われ、脱水症状のリスクが高まります。
そんなとき、私たちが本能的に手に取るのは「水」ですが、本当にそれが最も身体に水分をとどめてくれる飲み物なのでしょうか。
この疑問に挑んだのが、イギリスのラフバラー大学(Loughborough University)を中心とする研究チームです。
彼らは、どの飲料がもっとも身体に水分をとどめるかを比較検証するための指標「Beverage Hydration Index(BHI)」を開発し、実験を行いました。
その結果、最も水分保持力に優れた飲み物は、「水」でも「経口補水液」でもないと判明しました。
この研究成果は、2015年11月24日付の『The American Journal of Clinical Nutrition』誌に掲載されています。
目次
- 「水分がどれだけ体内に留まるか」を調べる
- 最も水分保持力が高い飲み物は「スキムミルク」だった
「水分がどれだけ体内に留まるか」を調べる

私たちが水分補給をするとき、のどの渇きを癒すことだけに意識が向きがちですが、実はどれだけ体内に水分がとどまるかも非常に重要な観点です。
登山中や長時間の作業、または医療現場のように頻繁に水分補給ができない環境では、飲んだ水分がすぐに尿として排出されてしまうのでは意味がありません。
このような実用的なニーズに応えるため、研究チームは2016年に新たな評価指標「Beverage Hydration Index(BHI)」を導入しました。
これは、血糖指数(GI)に着想を得たもので、水を基準(BHI=1.00)として、他の飲料がどれだけ水分を体内に保持するかを数値化する仕組みです。
この研究では、72名の健康な成人男性が被験者となりました。
それぞれが1リットルの水、または13種類の市販飲料を摂取し、その後4時間にわたり尿量を測定しました。
その結果、摂取した水分のうち、どれだけが体内に保持されたかが比較されました。
飲料には、スキムミルクや経口補水液、オレンジジュース、コーヒー、炭酸水など日常的に飲まれているものが含まれており、それぞれの飲料に含まれる栄養素やカフェイン、糖分、ナトリウムの量が異なっていました。

この実験において、BHIの計算は2時間後の体内水分バランスをもとに行われました。
研究チームが4時間全体ではなく2時間時点に注目した理由はいくつかあります。
まず第一に、この時点で飲料ごとの差が最も明確に現れていたことです。
第二に、4時間中に排出された尿の約82%が、2時間以内に出ていたことが挙げられます。
第三に、日常生活では2時間以内に再び飲食が行われることが多く、それ以降は初期の飲料の影響が薄れるためです。
そして第四に、2時間と4時間で算出されたBHIにほとんど差がなかったためです。
つまり、2時間時点のBHIは、科学的・統計的・実用的に最も適したタイミングであると判断されたのです。
では、最も水分保持力が高かった飲み物は何でしょうか。
最も水分保持力が高い飲み物は「スキムミルク」だった

研究の結果、スキムミルク(脱脂乳)が最も高いBHI値(1.58)を示しました。
これは、水よりも339グラム多く体内に水分を保持していたことになります。
次いで経口補水液(ORS)がBHI1.54、全脂乳が1.50という数値を示しました。
一方、コーラ、ダイエットコーラ、スポーツドリンク、炭酸水、コーヒー、紅茶などは、水と同等、あるいはそれ以下の水分保持力しか持たないことがわかりました。
なぜスキムミルクが最も優れていたのでしょうか。
スキムミルクには乳糖やタンパク質、少量の脂肪が含まれており、これらが胃からの排出速度を遅くすることで、水分の吸収がより長く継続されます。
また、ナトリウムやカリウムが尿の排出を抑える働きを持ち、水分を体内にとどめやすくします。
ちなみに、脱水症状の治療を目的として開発された経口補水液にも同じメカニズムが当てはまり、これらには少量の糖、ナトリウム、カリウムなどが含まれています。
ただし、糖分が過剰になると逆効果になることもあります。
たとえばオレンジジュースはBHIが比較的高いものの、糖濃度が高すぎる場合には、腸内の浸透圧によって水分が逆流し、脱水を招く可能性があります。

また一般的にカフェインには利尿作用があると考えられていますが、本研究では摂取量が250〜300ミリグラム未満であれば、尿量に有意な影響を与えないことが確認されました。
コーヒーや紅茶に含まれるカフェイン量はおよそ80〜200ミリグラムであり、通常の摂取量では水とほぼ同等の水分保持力を示します。
また、アルコールに関しても、4%のラガービールでは水と比較して特段の利尿作用は観察されませんでした。
もちろん、この研究にはいくつかの限界があります。
まず、対象者が健康な成人男性のみであるため、女性や高齢者、病気を持つ人々に対する効果は未検証です。
また、飲料の成分が複合的であるため、個別成分の影響を単独で評価することが難しいという点もあります。
さらに、観察期間が4時間と短期であるため、長期的な水分保持については考慮されていません。
それでも、この研究は私たちに大切な視点を与えてくれます。
「のどが渇いたら水を飲む」という考え方は今でも間違いではありません。
しかし、長時間の作業や暑い環境下では、何を飲むかによって体内の水分保持に大きな違いが出ることが、この研究から明らかになっています。
「何かを飲むときには,それがどれだけ体内に留まるのかも考える」
この考えは、暑さと戦う私たちをサポートすることになるでしょう。
参考文献
Scientists Ranked the Most Hydrating Drinks and Water Didn’t Win
https://www.zmescience.com/medicine/nutrition-medicine/scientists-ranked-the-most-hydrating-drinks-and-water-didnt-win/
元論文
A randomized trial to assess the potential of different beverages to affect hydration status: development of a beverage hydration index
https://doi.org/10.3945/ajcn.115.114769
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部