「常人なら病気になる食習慣」に適応進化したトゥルカナ族とは?

アフリカ

もし毎日の食事のほとんどを「肉」と「ミルク」で済ましたら、どんな未来が待っているでしょうか。

おそらく多くの人は、すぐに健康を損ない、腎臓や血管の病気に悩まされるはずです。

しかし、そんな「極端な動物性食生活」を何世代にもわたって続け、むしろ健康を保ってきた民族がいます。

ケニア北西部の過酷な砂漠地帯に生きる遊牧民「トゥルカナ族」です。

彼らの肉中心の食事は、私たち常人なら即病気になりそうな“危険なメニュー”にも関わらず、なぜ彼らだけが元気に暮らせるのでしょうか?

研究の詳細は2025年9月18日付で科学雑誌『Science』に掲載されています。

目次

  • トゥルカナ族の極端な動物性食生活
  • トゥルカナ族の遺伝子の適応進化

トゥルカナ族の極端な動物性食生活

アフリカ大陸の東部、ケニア北西部の灼熱の大地。

ここに住むトゥルカナ族は、世界でも最も乾燥し、植物がほとんど育たない土地で暮らしています。

彼らの食事の中心は、なんと70〜80%が「動物性食品」

主食は、ヤギやラクダのミルク、肉、そして血――これら家畜から得られるエネルギーに、日々の健康が支えられています。

生野菜や果物、穀物といった一般的なバランス食はほとんど口にしません。

この食生活は、もし現代人が真似したら、腎臓や肝臓への負担、コレステロールや尿酸値の上昇、生活習慣病のリスク増大など、「健康を壊す食事」として医師に全力で止められるでしょう。

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トゥルカナ族/ Credit: en.wikipedia

しかし、実際のトゥルカナ族はどうでしょうか。

米カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)の研究チームは、遊牧生活を送るトゥルカナ族約300人から尿や血液サンプルを採取し、生活や健康状態を調査しました。

その結果、彼らの多くが1日わずか1.5リットルしか水を飲んでいない(※)にも関わらず、慢性的な脱水状態でありながらも「生活習慣病や腎臓疾患がほとんど見られない」という事実が明らかになったのです。

(※ この地域で生き残るために必要とされる水の4分の1程度)

トゥルカナ族の食生活の約7〜8割は動物性タンパク質で占められており、これは世界保健機関(WHO)が“心疾患リスク”と警告する水準の3倍以上。

しかもプリン体の多い肉を常食しているにもかかわらず、「痛風」などの病気も一般的には見られません。

さらに日陰がほとんどなく、50℃に達することもある砂漠で毎日家畜の世話をし、水場を求めて長距離を歩き続ける。

そんな「極限環境」に適応して、体調を大きく崩すこともないというのです。

このパラドックスの背後に何があるのでしょうか?

トゥルカナ族の遺伝子の適応進化

この「肉食健康民族」の秘密はどこにあるのか?

最新のゲノム解析が、トゥルカナ族だけが持つ“特別な進化”の証拠を突き止めました。

チームはトゥルカナ族と周辺の他民族、あわせて約800万の遺伝的多様性を比較。

その結果、8か所のDNA領域で顕著な違いが見つかりました。

中でも重要なのが「STC1」という腎臓の遺伝子です。

この遺伝子は、トゥルカナ族の多くで通常より発現量も多く、強く働いて、腎臓が「より多くの水分を再吸収し、尿の排出を抑える」働きを持つことが判明しました。

この仕組みのおかげで、極端な水不足でも体内の水分バランスを維持でき、さらに、肉食で発生する大量の老廃物(プリン体由来の尿酸など)による腎臓のダメージも防げている可能性が示唆されました。

一般的な現代人が肉ばかり食べるとすぐに尿酸値が上がり、痛風を発症しやすくなりますが、トゥルカナ族では痛風の発症率が極めて低いのです。

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トゥルカナ族の家族/ Credit: en.wikipedia

トゥルカナ族を見舞う新たなリスク

ただし、ここに「進化の罠」も潜んでいます。

伝統的な遊牧生活から都市部への移住が進むと、状況は一変します。

都市生活では運動量が減り、塩分や加工食品が増え、野菜や穀物を摂る機会も増加。

こうした新しい環境に、トゥルカナ族が“砂漠適応”で獲得した遺伝的特性が逆に健康リスクになる可能性があるのです。

実際、出稼ぎなどで都市に移り住んだトゥルカナ族を調査したところ、腎臓機能のアンバランスや高血圧、糖尿病などの「現代病」のリスクが高まっていたことが示されました。

これは「進化的ミスマッチ」と呼ばれる現象です。

過去の環境で有利だった遺伝的特徴が、新しい環境(=都市化や現代社会)では逆に不利に働き、病気の原因になってしまう現象を指します。

トゥルカナ族のSTC1遺伝子は、砂漠の肉食生活では「最強の武器」だったものの、都市の生活では「健康リスク」に変わる場合があるのです。

研究者たちは、この知見を生かして、トゥルカナ族や同様の先住民族がこれから直面する「都市化と健康リスク」に備えるための医療・予防戦略の開発を目指しています。

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参考文献

Genetic study of nomadic herders in Kenya shows what it takes to adapt to desert living
https://news.berkeley.edu/2025/09/18/genetic-study-of-nomadic-herders-in-kenya-shows-what-it-takes-to-adapt-to-desert-living/

Turkana People Are Evolving to Thrive on a Diet That Would Make Others Ill
https://www.sciencealert.com/turkana-people-are-evolving-to-thrive-on-a-diet-that-would-make-others-ill

元論文

Adaptations to water stress and pastoralism in the Turkana of northwest Kenya
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adv2467

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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