「卵が先か、鶏が先か」
誰しも一度は耳にしたことのあるこの問題は、一般的には「どちらが原因として先にあるか分からない」という比喩的な意味で用いられ、古代ギリシア時代から存在していました。
しかし文字通りに受け取って考えた場合、その答えはどうなるのでしょうか?
「ニワトリは卵から生まれるが、卵はニワトリによって産み落とされる」
なんだか思考の迷宮に陥りそうですが、進化生物学的にはこの問題にきちんとした答えがあるようです。
生物学者たちの本気の見解を見ていきましょう。
目次
- 「硬い卵」の進化から見れば、卵が先?
- 「最初の鶏卵」から見れば、ニワトリが先?
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「硬い卵」の進化から見れば、卵が先?
この問題は「卵」をどのように定義するかで答えが変わってきますが、生物学者の多くは「卵が先」と明言します。
まずもって、ニワトリが産むような「硬い殻を持つ卵」の獲得は、太古の昔に有羊膜類の動物たちが成し遂げた一大革命でした。
有羊膜類は文字通り、羊膜を持つ動物たちのことで、主に爬虫類、鳥類、哺乳類のグループが含まれます。
羊膜とは、動物の発生の過程で形成される胎児と羊水を包む胚膜のことで、これにより地上の乾燥に適応した硬い卵が産めるようになりました。
ベルギー王立自然史博物館(RBINS)の古生物学者であるクーン・スタイン(Koen Stein)氏は「硬い卵は有羊膜類の動物たちが水環境から離れていくことを可能にし、脊椎動物の進化を飛躍させる重要なステップとなった」と話します。
この卵が誕生する以前、脊椎動物たちは繁殖のために水域に依存しなければなりませんでした。
それまではゼラチン状の柔らかい卵だったので乾燥に弱く、常に水中で保持しておく必要があったのです。
魚類や両生類は今でもこの方法を取っています。

そして先行研究(Current Biology, 2015)によると、真の鳥類が化石記録に現れるのはジュラ紀の中期から後期(約1億6500万〜1億5000万年前)です。
米テキサス大学オースティン校(UTA)の古生物学者は、最初の殻付きの卵はそれより遥か以前の約3億2500万年前に進化したと述べています。
つまり、「鳥を産むための卵はニワトリよりずっと前に誕生したことになる」と考えられるのです。
これにて論争は一件落着… かと言えば、そう単純は話でもありません。
最初に指摘したように、この問いは「卵」をどう定義するかで変わってくるのです。
生物学者たちはこう言います。
「もし”最初のニワトリ”が産んだ卵の話をしているのなら、答えは逆転する」と。
「最初の鶏卵」から見れば、ニワトリが先?
現生するニワトリ(学名:Gallus gallus domesticus)の祖先種は、今から約5000万年前にセキショクヤケイ(学名:Gallus gallus)の亜種から進化したと言われています。
それから昨年の研究(PNAS, 2022)では、東南アジアに住んでいた人類がBC1650〜BC1250年のどこかで初めてこの祖先種を家畜化したことで、現在のニワトリが進化したと指摘されました。
遺伝学の観点からすると、その最初のニワトリは、まだニワトリとは呼べない種の突然変異によって誕生したと考えられます。
よって、この突然変異体が成長して大人になった鳥が「最初のニワトリ」であり、その鳥が産んだ卵こそ「最初のニワトリの卵」なのですから、この場合の答えは「ニワトリが先」となるのです。

また2010年に発表された英ウォーリック大学(UoW)の生化学研究が「ニワトリが先」説を後押しすることになりました。
研究チームは、鶏卵の殻と雌鶏の卵巣の両方に含まれるタンパク質「ovocledidin-17」に、ニワトリの体内で卵の殻の形成を促す働きがあることを発見。
卵巣の中にこのタンパク質が存在しなければ、鶏卵はできないことを突き止めました。
つまり、ニワトリが先にいなければ「ニワトリの卵」はできません。
このように、問いの中の卵を「鳥類を産むための卵」と見るか、「最初のニワトリが産んだ卵」と見るかで、答えへのアプローチも変わってきます。
おそらくこの問題の卵については「最初のニワトリが産んだ卵」と捉える人の方が多いと思いますが、生物学者のこの答えに納得できたでしょうか。
参考文献
Which came first: the chicken or the egg?
https://www.livescience.com/which-came-first-the-chicken-or-the-egg
Researchers apply computing power to crack egg shell problem
https://warwick.ac.uk/newsandevents/pressreleases/researchers_apply_computing/
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。