「単細胞」から「多細胞」へ進化している真っ最中の生物か⁈

生物学

ヒトを含む多くの動植物は、無数の細胞が協調しあって成り立つ「多細胞生物」です。

しかし地球上の生命は最初、たった1つの細胞をもつ「単細胞生物」から始まりました。

生命はいったいどのようにして、単細胞から多細胞へ進化したのでしょうか。

この謎に迫る手がかりを与えてくれる存在として、米モンタナ州立大学(Montana State University)の研究チームは今、「多細胞性磁気走性細菌(Multicellular magnetotactic bacteria、以下MMBと表記)」に注目しています。

実はMMBは、単細胞生物なのに多細胞生物のように生きる一風変わった細菌なのです。

その得意な習性から、研究者らは「単細胞から他細胞へと進化している途中にあるのではないか」と考えています。

さて、どのような生物なのでしょうか?

研究の詳細は2024年7月11日付で科学雑誌『PLOS Biology』に掲載されています。

目次

  • 単細胞から多細胞の生物はどのように進化したのか?
  • 単細胞から多細胞に進化している真っ最中?

単細胞から多細胞の生物はどのように進化したのか?

私たちが「生物」と聞いて思い浮かべるほとんどは多細胞生物です。

昆虫も鳥も魚も人間も植物も、すべて多細胞でできています。

多細胞生物では、無数の細胞が役割分担し、協力し合いながら生きています。

たとえば、人間の体では、骨を作る細胞、血液を運ぶ細胞、情報を伝える神経細胞など、細胞ごとに担当が分かれています。

これに対して、単細胞生物にはそんな役割分担がありません。

単細胞生物とは、たった1個の細胞だけで生きる生き物を指し、食べるのも動くのも全部ひとりでこなします。

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無数の細胞で成り立つ植物/ Credit: canva

地球で最初に生まれたのは単細胞生物とされており、ここからどのようにして多細胞生物が進化したのかは、いまだに解明されていません。

「単細胞生物が、あるとき集まって多細胞になったのではないか?」

そんな説は以前からありましたが、実際にその過渡期を生きている生物を観察するのは困難でした。

私たちが普段目にする細菌も、たいていは単細胞です。

一時的に集まってコロニー(集団)を作ることはあっても、基本的には独立して生きています。

ところが地球上には、まるで「集まることが生存条件」であるかのように振る舞う単細胞の細菌が存在するのです。

それが今回の主役となる「多細胞性磁気走性細菌(MMB)」です。

単細胞から多細胞に進化している真っ最中?

多細胞性磁気走性細菌(MMB)が最初に見つかったのは、1980年代のことです。

米マサチューセッツ州にある塩性湿地で発見され、単細胞の細菌ながら、多細胞のように生きる不思議な習性に専門家らの注目が集まるようになりました。

まずは名前にもある通り、MMBは磁石のような性質を持っており、磁場に沿って移動するのです。

彼らは細胞内に「マグネトソーム」と呼ばれる小さな磁石粒を持ち、地球の磁場を手がかりに移動します。

このことから「磁気走性(magnetotactic)」という名称が付けられました。

これだけでもかなり珍しい特徴ですが、もっと驚くべきなのは、その生き方です。

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MMBコンソーシアムの拡大図Credit: NASA – NASA Research Examines the Multicellular Behavior of Unique Bacteria(2025)

MMBは常に15〜86個の細胞が集まった球形の”コンソーシアム(集団・組織)”という形で存在しており、単細胞生物なのに単独になると生きられないのです。

もし細胞が一つずつバラバラに引き離されると、すぐに死んでしまうことが実験で示されました。

つまり、最初から「集まっていること」が生存に不可欠な仕組みになっています。

これまで細菌の集団は、必要に応じてバラバラになるものと考えられてきましたが、MMBは違います。

一つのまとまりとして生き、分裂するときも全体で数を倍増させ、その後ふたつの同じ集団に分かれるのです。

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MMBコロニーのライフサイクルと増殖の仕方Credit: NASA – NASA Research Examines the Multicellular Behavior of Unique Bacteria(2025)

さらに今回の研究では、コンソーシアムを形成するMMBの細胞がすべてクローン(同じ遺伝子を持つコピー)ではないことも明らかになりました。

細胞同士で微妙に遺伝子が異なっていたのです。

また、各細胞は代謝活動にも違いがあり、それぞれ異なる役割を担っていました。

ある細胞はエネルギー源を多く取り込み、ある細胞はタンパク質合成を活発に行う、そんな分業が起きていたのです。

これはまるで、骨細胞や神経細胞がそれぞれの役割を担っている私たち多細胞生物の体に似ています。

しかもMMBは、有機物(酢酸やプロピオン酸など)も無機物(炭酸水素)も使いこなしながら生きる混合栄養型の生き物であり、多様な環境変化に対応できる柔軟さも持っていました。

これらの特徴から、MMBは「単細胞と多細胞の中間」に位置する非常に貴重な存在だと考えられます。

つまり「単細胞から多細胞へ進化する、その”過渡期の瞬間”を私たちは目撃しているのかもしれない」と研究者も指摘するのです。

私たちの体を形作る多細胞生物への進化の謎。

そのヒントが、この肉眼では見えない小さなMMBの中に隠されているかもしれません。

MMBの研究は、生命の根源に迫る冒険の一歩として、これからますます注目されることでしょう。

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参考文献

Strange Bacteria That Can’t Live Alone Hint at Early Steps to Complex Life
https://www.sciencealert.com/strange-multicellular-bacteria-team-up-in-an-entirely-unexpected-way

NASA Research Examines the Multicellular Behavior of Unique Bacteria
https://science.nasa.gov/science-research/planetary-science/astrobiology/nasa-research-examines-the-multicellular-behavior-of-unique-bacteria/

元論文

Multicellular magnetotactic bacteria are genetically heterogeneous consortia with metabolically differentiated cells
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3002638

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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