「リアルマインドハンター」45人の連続殺人犯の自白とインタビューを分析した研究

Netflixで人気を集めた『マインドハンター』では、連続殺人犯が取調室で自らの過去や欲望を語り、それを捜査官が丹念に読み解く姿が描かれていました。

彼らの言葉はしばしば矛盾に満ち、ときに自慢げで、ときにひどく傷つきやすい一面も見せます。

視聴者はその“ねじれた心”に戦慄しつつも、「なぜ人はここまで歪んだ心理に至るのか?」という強い興味をかき立てられたはずです。

ただ、ドラマの舞台裏で描かれるような犯罪心理分析は、現実の研究ではどのように行われているのでしょうか。

犯人の語りに潜む「本当の心理」は、専門家から見ればどんな構造を持っているのでしょうか。

そこで今回は、ドイツのバンベルク大学(University of Bamberg)を中心とした研究チームが発表した、犯罪心理学の研究を紹介します。

彼らはアメリカのFBIや複数の州警察から入手した実際の自白調書・取調べ記録・面談記録を体系的に集め、45人の“性的動機をもつ連続殺人犯”の語りを、ひとつひとつ心理学的に分解していくという、まさに“マインドハンター”のような心理研究を行っています。

驚くべきことに、犯人たちの言葉を丹念に読み解くと、その多くに「誇大さ」と「傷つきやすさ」という、相反するように見える二つの側面が同時に潜んでいることがわかったのです。

一見すると自信満々に見える彼らが、内側には深い孤立感や恨みを抱えていた――その“二重の心”の構造が、今回の研究では明確に示されました。

この研究の詳細は、2025年10月に心理学系の国際学術誌『Journal of Police and Criminal Psychology』に掲載されています。

目次

  • 「“タイプ分け”では見えなかった犯人の心」
  • 性的動機を持つ連続殺人犯の典型例
  • “さらに深く知りたい人”のための分析解説

「“タイプ分け”では見えなかった犯人の心」

連続殺人犯は、これまで「支配型」や「快楽型」といった分類で語られることが多くありました。

こうした区分は捜査の現場では便利ですが、実際には犯人の心理がより複雑で、いくつもの動機や感情が重なり合っていることが知られています。

今回の研究が取り組んだのは、その複雑さを“心の構造”として描き出すことでした。

研究チームが注目したのは「ナルシシズム(narcissism)」という心の特性です。

ナルシシズムは、連続殺人犯の語りに頻繁に現れる“自分を特別視する発言”や“被害者意識の強い語り”の背後にある心理を説明できる概念であり、過去の研究でも暴力行動との関連が指摘されてきました。

そのため、犯人の語りを理解するうえで中心となる性格特性として、今回の分析の主要なテーマに据えられました。

ナルシシズムと聞くと「自信家」や「うぬぼれや」という単純なイメージが浮かぶかもしれません。しかし心理学では、ナルシシズムは“一つの性格の中にまるで異なる二つの側面が共存している特性”と理解されています。

その二つの側面のひとつはグランド型(grandiose)と呼ばれ、過度な自信や支配欲、特別扱いを求める傾向を指します。

もうひとつは脆弱型(vulnerable)で、他人からの評価に過敏になり、孤立しやすく、深い被害者意識を抱く傾向を指します。

つまり「強く見える心」と「弱く見える心」が同時に存在しやすい複雑な性格なのです。

研究者たちは、この二つの面が連続殺人犯にどのように現れているのかを明らかにしようとしました。

調査の対象となったのは、アメリカで実際に逮捕・裁判を経験した45人の性的動機をもつ連続殺人犯です。

研究チームは、警察の自白調書、FBIの面談記録、裁判資料などを集め、犯人が語った言葉をすべて細かく読み込みました。

分析対象となった発言は、合計662のセグメントに分けられました。

研究チームは、犯人の語りに現れる心理的特徴を、まず「誇大的な側面」と「脆弱な側面」という二つの大きな枠で捉えました。

そのうえで、それぞれの側面をさらに細かく分け、最終的に四つの因子――賞賛を求める心理(賞賛欲求/admiration)、他者への敵対姿勢(競争・敵対/rivalry)、孤立感(isolation)、そして恨みや疑念(敵意/enmity)――として分類しました。

この四つの因子を基準にすることで、犯人たちの語りのどこに“強さ”と“弱さ”が表れるのかを定量的に評価できるようにしています。

この4つの因子をどれだけの犯人が持っていたのかを調べたところ、もっとも高い割合で見られたのは脆弱な敵意でした。

45人中84%の犯人が「他人に傷つけられる」「周囲が敵だ」と感じやすく、妬みや疑いを強く抱いていました。

内側に溜め込んだ不満や恨みが、他者への攻撃性へと変化しやすい心理です。

次に多かったのは、誇大的な賞賛欲求(76%)です。

犯人の多くが「自分は特別だ」「もっと評価されるべきだ」と語り、自分自身の能力や優位性を強調する場面が多く見られました。

続いて誇大的な競争心(71%)が高い頻度で確認されました。

これは、取調官や心理士に対して挑発的な態度を示したり、周囲を見下すような発言を繰り返したりする形で現れています。

最後に、脆弱な孤立(58%)が確認されました。

多くの犯人が子どもの頃から孤立しやすく、大人になってからも他者との関係をうまく築けないまま人生を歩んでいたことが明らかになりました。

興味深いのは、これらの因子が単独で現れるのではなく、半数以上の犯人が“誇大さ”と“脆弱さ”を同時に持っていたという点です。

たとえば、取調べでは堂々と「自分は天才だ」と言い放つ一方で、別の場面では「誰も理解してくれなかった」とこぼすなど、互いに矛盾する感情が同じ人の中に共存していたのです。

この“強さと弱さの同居”こそが、彼らの語りを理解するうえでの鍵になります。

そしてこの複雑な心理の組み合わせこそが、捜査官が犯人像を描くための重要なヒントとなるのです。

ではこうしたタイプでは具体的にどういう事件が起きているのでしょうか?

性的動機を持つ連続殺人犯の典型例

今回の研究で分析された45人の連続殺人犯は、すべて匿名化されています。事件名や犯行場所、犯人の固有名詞は論文には一切記載されていません。これは、使用された多くの資料が警察や司法機関の内部記録であり、法的・倫理的な理由から詳細が伏せられているためと考えられます。

ただ、心理パターンの説明だけでは、読者の多くは具体的なイメージを描きにくいでしょう。

そこでここでは、今回の研究とは別に、FBI資料や犯罪心理学の主要研究で繰り返し取り上げられ、今回の分析で示されたナルシシズムの4因子とも重なる“典型的な事例”を紹介します。

これらは学術的に広く引用されている連続殺人犯の代表例であり、犯人の心理構造を理解する上での役立つはずです。

■テッド・バンディ:魅力を武器に「特別な自分」を演じ続けた男

テッド・バンディは、1970年代のアメリカで若い女性を狙った連続殺人犯として知られています。

大学構内や街頭で腕を吊ったり松葉杖をついたりして「困っている青年」を演じ、被害者の善意につけ込むかたちで車に誘い込み、その後に拉致・殺害するという犯行を繰り返しました。

外見は魅力的で、学生や地域住民から「礼儀正しい青年」と見なされていたため、その“普通さ”と犯行の残虐性の落差が大きな衝撃を生みました。

事件が露呈したのは、複数の生存者と目撃者が語った証言が共通点を持っていたことが大きな要因でした。

「テッド」と名乗る男だった、という証言や、特徴的な車の情報が重なり、彼が捜査線上に浮かび上がります。

その後の逃亡期間にも複数の事件が発生し、行動範囲と犯行が結びついたことで、最終的には逮捕・有罪判決に至りました。

バンディは逮捕後も「自分は特別だ」と思わせるかのようにふるまい、テレビ番組に登場したり、自ら弁護を行ったりするなど、誇大的な賞賛欲求がはっきりとみられました。

しかし同時に、批判を受けたときには「誤解されているのは自分だ」と反発したり、被害者意識をにじませたりする場面もあり、脆弱な敵意と誇大性が複雑に同居していました。

この“強さ”と“弱さ”の併存は、今回の研究で明らかになった心理要素を象徴する典型例と言えます。


■デニス・レイダー(BTK):模範的市民の顔を持ったまま、裏で支配欲を募らせた男

デニス・レイダーは、アメリカ・カンザス州で1970年代から1990年代にかけて少なくとも10人を殺害した人物です。

家に侵入し、被害者を縛り、拷問し、殺害するという手口を繰り返し、自ら「BTK(Bind, Torture, Kill)」と名乗って警察へ犯行声明を送りつけていました。

外側の生活では家庭を持ち、地域で模範的な市民として振る舞い、教会では役職を務めるなど“善良な父親”の顔を見せていました。

しかし裏では警察に手紙を送り挑発し、自分の存在を知らしめようとする行動を繰り返しており、この二重性が長いあいだ捜査を困難にしました。

事件が大きく動いたのは、レイダー自身が送ってきたフロッピーディスクでした。警察がデータを解析したところ、教会のコンピュータで作成された痕跡が残っており、それが本人へと直接つながる決め手になります。

レイダーの言動には、警察を挑発して優位に立とうとする誇大的な競争心が顕著に表れていました。一方で、地域社会で“良い父親”として評価されることに強いこだわりがあったことは、脆弱な孤立や承認欲求が内側に存在していたことを示しています。

誇大と脆弱が結びつくこの構造は、今回の分析で示された心理因子と密接に重なります。


■アンドレイ・チカチーロ:孤立の人生が“社会への恨み”へとつながった男

アンドレイ・チカチーロは、旧ソ連時代に50人以上の女性や子どもを殺害したとされる連続殺人犯です。

多くの犯行は鉄道駅やバス停など、人目の少ない場所で被害者に声をかけ、人気のないところへ誘い出すという形で行われました。

幼少期には飢餓や貧困に苦しみ、学校では同級生から孤立し続けた経験を持つなど、人生全体に強い孤立と不遇が重なっていました。

事件が明らかになったのは、被害者が急増し、警察が「同一犯による一連の事件」と判断して大規模な捜査を開始したことがきっかけでした。

駅周辺の監視が強化される中で、挙動不審なチカチーロが警官に尾行され、衣服に残っていた血痕が被害者と結びついたことで逮捕に至りました。

彼は取調べの中で、「社会に見捨てられた」「自分は犠牲者だ」と繰り返し語り、自分を傷つけた社会への恨みを語る姿勢を強く見せました。

これは、今回の研究で最も頻繁に確認された“脆弱な敵意”の心理パターンときわめてよく一致しています。

孤立と恨みが結びつくことで暴力行動が強化されるという構図を、現実の事件として体現した例といえます。


■ジャック・ウンターヴェーガー:文学的成功と「更生」の仮面をまとい続けた男

ジャック・ウンターヴェーガーは、オーストリア出身の作家でありながら複数の女性を殺害した連続殺人犯として知られています。

若い頃から犯罪歴があり、1970年代には殺人で終身刑を受けましたが、獄中で執筆した作品が評価され、国内の知識人から「更生した芸術家」として支持を受けるようになります。

世論の後押しもあり仮釈放されると、メディア露出が増え、文化人として積極的に表舞台に立つようになりました。

しかし、彼が渡航した地域で似た手口の殺害事件が次々に起こり、被害者の状況や犯行の特徴が不自然なほど重なっていたことから、警察が事件を照合し、最終的に国際手配につながりました。

逃亡先のアメリカで逮捕され、オーストリアに送還されて裁判にかけられましたが、有罪判決後に自殺しています。

ウンターヴェーガーは、自分の才能や社会的評価に強い確信を持ち、称賛されることに執着する誇大的な側面を持っていました。

同時に、批判や否定に極めて敏感で、脆弱な孤立感を抱える場面も多く、成功と承認の仮面の裏に、怒りや不安定さを抱えていたことが示唆されます。

この二重性は、今回の研究で指摘された「誇大的な賞賛欲求」と「脆弱な孤立」の複合的な構造と深い共通点を持っています。


“さらに深く知りたい人”のための分析解説

研究についてざっくり解説しましたが、ここではもう少し詳しく分析された内容について解説していきます。

連続殺人犯の語りを分析すると、多くの人が「自信に満ちた語り」と「傷つきやすい心」を同時に抱えていることが見えてきます。

この相反する二つの面は偶然ではなく、心理学ではナルシシズムがそもそも“強さと弱さのセット”として働くものなのだと解釈されています。

今回の研究では、犯人の語りの中で、他人からほめられたいという賞賛欲求と、周囲を押しのけようとする競争心が強く結びついていました。

一方で、他者との距離を感じる孤立の感覚と、周囲を敵視する恨みの感情も密接に共存していることが明らかになりました。

これは「自分は偉い」と思いたい一方で、「他人に拒絶されるのが怖い」という矛盾した感情が常に心の中に漂っていることを示しています。

こうした二面性を抱え続けると、心の中にある緊張が行動に反映され、支配的なふるまいや暴力的な態度、さらには儀式のような行動へとつながっていく可能性があります。

自慢話の裏側にある“守りの心理”

取調べの場では、犯人が突然過去の自慢話を始めたり、自分を大きく見せる発言が増えたりすることがあります。

研究では、こうした誇大的な語りが単なる自信のあらわれではなく、「自分の価値が揺らぎそうだ」という不安から生まれる“防衛反応”であると解釈されました。

また、取調べ中に見られる「過剰な説明」や「必要以上の弁明」も、脆弱性の裏返しとして理解できます。

犯人たちは、自分の心が壊れないように守るために、誇大的な態度をまとっている場合が多いのです。

脆弱性が強いほど危険性は高まるのか?

今回の研究で最も多かったのが「脆弱な敵意」でした。

他人への疑念や妬みが強く、常に“自分が攻撃される側だ”という被害者意識が根を張っていました。

孤立と恨みが結びつくと、「社会から奪われた」「自分は犠牲者だ」という思い込みが強くなり、行動のハードルが一気に下がることが過去の研究でも指摘されています。

こうした心理が暴力行動と関わりうることは先行研究で指摘されており、本研究でも脆弱な敵意がもっとも高頻度で見られていました。

ただし、研究は慎重な姿勢も示しています。

論文では、「ナルシシズムだけで犯罪を予測することはできない」と明確に述べられており、一般の人にも広く存在する特性で、決して“犯罪者だけの特徴”ではないと注意されています。

そのため、「ナルシシズム=危険人物」という短絡的な結びつけ方をするべきではありません。個々の状況やほかの性格特性との組み合わせが重要なのです。

この研究がもつ実践的な意味

連続殺人事件は非常にまれで、これまでの研究の多くは有名事件を扱ったケーススタディに頼っていました。

今回のように45人分の自白や面談記録を体系的に分析した研究は珍しく、犯人たちの語りに共通する心理構造が初めて明確に可視化されたことには大きな価値があります。

その結果は、捜査現場でのプロファイリングや、犯罪の背景にある心のメカニズムを理解するための重要な手がかりになるでしょう。

一方で、この研究にはいくつかの限界もあります。

資料の多くは自白や取調べ記録であり、語りの信頼性には注意が必要です。

犯人が意図的に情報を操作している可能性や、虚偽が混じる可能性は完全には排除できないと論文でも述べられています。

また、今回の対象はすべて男性で性的動機をもつ犯人だったため、女性犯や非性的動機の連続殺人犯に同じ心理構造が当てはまるかはわかっていません。

今後は、ナルシシズム以外の個性――サディズム、衝動性、精神病質など――との関係をより精密に調べることが求められます。

犯人像をより具体的に理解するためには、こうした複数の性格特性を組み合わせた分析が不可欠なのです。

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元論文

Narcissistic Traits in Sexually Motivated Serial Killers
https://doi.org/10.1007/s11896-025-09780-4

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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