人によっては、ヘアケア用品を使いながらドライヤーをかけることは日常です。
またヘアアイロンやヘアオイルやクリーム、美容液なども、美しい髪を維持するために欠かせないアイテムでしょう。
ですが、そんな日常のケアが、実は目に見えない「ナノ粒子の霧」を生み出しているかもしれません。
米パデュー大学(Purdue University)の研究チームは、一般的な整髪料と加熱器具を使ったスタイリング中に、大量の化学ナノ粒子が空気中に放出され、それが呼吸によって体内に取り込まれていることを明らかにしました。
この研究成果は、2025年8月4日付けの『Environmental Science & Technology』誌に掲載されました。
目次
- ドライヤーとヘアケア用品で「ナノ粒子」が発生しているかも
- 1回の整髪で100億個以上のナノ粒子が肺に沈着しているかも
ドライヤーとヘアケア用品で「ナノ粒子」が発生しているかも
多くの人は、車の排気ガスや工場の煙を吸ってしまわないように意識しています。
しかし、家庭内で生じる化学ナノ粒子の存在は見逃しているかもしれません。
近年では、家庭内で使うケア製品が、室内空気の質に与える影響が注目されています。
特に、整髪料とヘアアイロンやドライヤーといった熱を伴う器具を同時に使うことで、揮発性有機化合物(VOC)が大量に空気中に放出される可能性があると指摘されてきました。
2023年にパデュー大学が行った前段階の研究では、整髪料から発せられるVOC成分が空気中に広がる様子を質量分析装置で測定し、その問題を明らかにしました。
しかし、それらの化学物質が本当に粒子化して、肺にまで到達するのかどうかについては分かりません。
そこで、今回の2025年の研究では、「日常的な整髪習慣がどれほど多くのナノ粒子を発生させ、私たちがどれほど吸い込んでいるか」を実験で詳しく調べることにしました。
研究チームは、実際の生活環境に近い形で整髪を再現するため、実験用の小型住宅を使用しました。
被験者は合計7名(男性・女性)で、それぞれが普段使っている整髪料(クリーム、スプレー、美容液など)とヘアアイロン、カールアイロン、ドライヤーを持ち込みました。
合計21回のスタイリングセッションが行われ、道具の表面温度は一般的な150℃〜230℃に設定されています。
その間研究チームは、ナノ粒子測定器)や化学成分測定装置を使って、空気中に含まれるナノ粒子の数と種類、そしてそのサイズ分布をリアルタイムに測定しました。
また、呼吸によってどのくらいの量が肺に沈着するかも、粒径と呼吸モデルに基づいて計算されました。
1回の整髪で100億個以上のナノ粒子が肺に沈着しているかも
実験の結果、わずか10〜20分の整髪中に、空気中には1立方センチあたり1万〜10万個のナノ粒子が発生するケースが観測されました。
特にアイロンやコテの温度が150℃を超えたあたりから、粒子の発生量が急激に上昇。
実験の中では、特に230℃でスタイリングを行ったケースで、最大で100億個以上のナノ粒子が呼吸器内に沈着する可能性が示されました。
この数字は、タバコを数本吸ったときの肺への影響に匹敵する量とされています。
ナノ粒子は非常に小さく、鼻や喉をすり抜けて肺の奥深く、肺胞(はいほう)と呼ばれる部位にまで沈着します。
こうした粒子は血流にまで入りこむ可能性があるのです。
では、なぜこんなにも大量の粒子が発生するのでしょうか?
研究によれば、多くのヘアケア製品に含まれるシロキサン類(とくにD5と呼ばれる成分)が熱によって気化し、その蒸気が冷やされることでナノサイズの微粒子に凝縮すると分かっています。
つまり、熱、整髪料、そして室内空気の化学反応が重なり、見えない「ナノ粒子スモッグ」が一瞬にして発生しているというわけです。
特に繰り返し毎日使用されることを考えると、他の研究でも指摘されているように、ナノ粒子の生体蓄積、呼吸器系の炎症、神経系への影響といった健康リスクが懸念されます。
もちろん、今回の研究には、「参加者が少ない」「一部の製品しか分析されていない」など限界もあります。
それでも、これまで見落とされていた室内環境リスクを初めて定量的に明示した点で貴重な一歩であり、今後はより多様な製品と環境での研究が求められています。
「じゃあ今すぐドライヤーやアイロンを捨てなきゃ!」と思った方もいるかもしれません。
でも、適切な対策を取れば、リスクは十分に軽減できます。
実験でも有効だった対策としては、スタイリング時に換気扇を回す(ナノ粒子濃度が90%以上低減)こと、ヘアアイロンの温度を150℃以下に設定すること、シロキサン不使用(ノンシリコン)の整髪料を選ぶことなどが挙げられます。
私たちは、便利な製品を安心して使うために、「目に見えないリスク」にも目を向ける必要があります。
科学がそれを教えてくれるのなら、ただ怖がるのではなく、「知って対処できる」はずです。
参考文献
This daily routine sends billions of hazardous nanoparticles into the lungs
https://newatlas.com/society-health/heated-hair-products-nanoparticles/
Heat-styling hair care products release billions of nanoparticles that can accumulate in lungs, engineers find
https://phys.org/news/2025-08-styling-hair-products-billions-nanoparticles.html
元論文
Indoor Nanoparticle Emissions and Exposures during Heat-Based Hair Styling Activities
https://doi.org/10.1021/acs.est.4c14384
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部