「セックスの起源」は単細胞生物たちが飢餓時に合体するシステムだった

シミュレーション

私たちが知る“性”は、単に遺伝子を混ぜ合わせるための仕組みにすぎないのでしょうか。

ところが今回、イギリスのヨーク大学( University of York)で行われた研究によって、単細胞生物が厳しい環境をしのぐために“細胞を融合し、大きくなって生き残る”という戦略が、性の始まりだったことを裏付ける成果が発表されました。

いま私たちが当然のように享受している性的な繁殖システムは、飢餓や栄養不足など資源が限られた環境下で細胞たちが“資源を持ち寄り、パワーアップする”ために進化したというわけです。

これまで、性の利点といえば専ら“遺伝的多様性”に注目が集まってきました。

しかし今回のモデル解析が示すのは、単細胞が合体して“質量”をかさ上げすること自体が、過酷な状況を乗り越えるカギになっていたかもしれないという新しい視点です。

果たして“性”は本当に危機を乗り越えるための資源共有戦略として生まれたのでしょうか?

研究内容の詳細はプレプリントサーバーである『bioRxiv』にて発表されました。

目次

  • 単細胞たちは危機に陥ると合体する
  • 危機回避のための合体システムから生殖システムが分派した
  • 合体中についでに遺伝子を分け合う……それが生殖のはじまり

単細胞たちは危機に陥ると合体する

単細胞たちは危機に陥ると合体する
単細胞たちは危機に陥ると合体する / Credit:wikipedia

多くの単細胞生物は資源が豊富なときは単純に細胞分裂を繰り返すだけなのに、環境が飢餓状態や栄養不足などで厳しくなると細胞同士が融合し、大きく頑丈な構造をつくり上げることがあります。

たとえば緑藻クラミドモナスでは、窒素源が乏しくなると“性”のスイッチが入り、細胞が融合して“休眠用の丈夫な構造”を形成する現象がよく知られています。

しかし、性の進化を説明する主な説は「遺伝子組換えによる多様性の獲得」が中心で、「どうして細胞同士が合体する必要があったのか」という問題はあまり深く追究されてきませんでした。

実は、細胞が融合すれば単に“体積が大きくなる”ことで厳しい環境をしのぎやすくなるのではないかと考えられています。

生物学者トーマス・キャバリエ=スミスも「合体して大きくなることでより多くの栄養を蓄積し、生き延びられるようになる」ことが性の起源になった可能性を指摘しました。

こうした仮説は、クラミドモナスや酵母などが飢餓時に融合を誘導する事実とも合致しますが、同時に融合による失敗リスクもあるため、実際どれほどメリットが上回るのかは定かではありません。

そこで今回研究者たちは、あえて遺伝子組換えの有利さを度外視して、「体積が増すこと自体で生存率がどれほど上昇し、細胞融合を進化させるのか」を数理モデルで検証することにしたのです。

危機回避のための合体システムから生殖システムが分派した

危機回避のための合体システムから生殖システムが分派した
危機回避のための合体システムから生殖システムが分派した / Credit:Canva

この研究では、まず「親細胞が何回分裂してどれだけのサイズの娘細胞を作るか」と「娘細胞がどの程度の頻度で融合を起こすか」を同時に進化させる数理モデルを作り上げました。

従来の性の進化モデルを改変し、娘細胞のサイズ(m)と融合率(α)をそれぞれ自由に変化できるよう設定した点が大きな特徴です。

環境の厳しさを表すパラメータ(β)も導入し、「資源が豊富な環境」から「極端に不利な環境」まで幅広く試せるようにしました。

さらに、同じ種が環境ごとに異なる戦略を取り分ける“可塑性”も考慮し、ふだんは融合しないが急に悪化すると一斉に融合を始めるかどうかをシミュレーションできるようにしたのはユニークなアプローチでしょう。

モデルの動きとしては、親細胞が複数回の分裂を経て多数の娘細胞を放出したあと、一定時間だけ娘細胞同士を“融解プール”に入れ、そこで融合が起これば質量の大きな単一細胞として評価される仕組みです。

融合に失敗するリスクや余分なコストも設定しながら、どの程度まで融合率が上がるか、どんな条件で娘細胞が大きくなろうとするかを追跡しました。

すると、資源が豊富な環境下では融合率はほとんどゼロに収束し、一方で環境が厳しくなると融合率が急上昇する結果が得られました。

融合の成功率が低い、あるいはコストが大きめに設定されていても、環境が十分に過酷なら合体戦略が圧倒的に有利になるパターンも確認されています。

さらに環境が交互に変動する場合では、ふだんは融合しなくても、状況が悪化すると一気に融合率を高める“条件付き戦略”が生じるシミュレーション結果も得られ、実際の単細胞生物の性誘導メカニズムとよく合致することが示唆されました。

合体中についでに遺伝子を分け合う……それが生殖のはじまり

合体中についでに遺伝子を分け合う……それが生殖のはじまり
合体中についでに遺伝子を分け合う……それが生殖のはじまり / Credit:wikipedia

これらの結果から、単細胞生物が厳しい環境で細胞融合を選択するのは、遺伝子組換えだけを狙ったわけではなく、「単に大きくなることで生存率を高める」という生理学的メリットが大きかった可能性が浮かび上がります。

実際、融合に伴うコストがかなり高くても、環境が十分に厳しい場合はそれを上回るメリットが得られるという点は衝撃的です。

これまで性の進化は“遺伝的多様性”を強調する理論が優勢でしたが、早期の性には「資源をまとめて生き延びる」という物理的な理由もあったと考えられるわけです。

さらに、環境が安定しているときは単純分裂で増殖しつつ、いざ飢餓に直面すると一斉に融合に踏み切る“可塑的な戦略”は、クラミドモナスや酵母など多くの単細胞生物の行動をうまく説明しています。

マルチセル化の研究でも、複数細胞が集まることで捕食や飢餓を回避する仕組みが注目されていますが、今回のモデルが示す単細胞間の“融合”現象は、それと類似した生存戦略をよりミニマルな形で表しているかもしれません。

もちろん、融合によって核や細胞質が衝突するリスクは依然として残りますが、それでもメリットが勝ってきたからこそ、長い進化の歴史を通じて「性」が失われずに残ってきたのでしょう。

今後は、複数の細胞が同時に融合するケースや、融合に失敗した際にどのような衝突が起こるのか、そして核融合と減数分裂がどのように連動していったのかなど、さらなる検証が待たれます。

環境ストレスと性との関連をより深く調べれば、単細胞の生存戦略のみならず、細菌や古細菌など他の生物で観察されるさまざまな“融合”の進化を探るうえでも大きな手がかりとなるでしょう。

私たちが当然のように享受している“性”が、実は「厳しいときほど一緒に巨大化して生き延びる」ための知恵だったとすれば、これまで当たり前だと思っていた生殖の仕組みが、まったく新しい観点から再評価されることになるかもしれません。

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元論文

Cell size and selection for stress-induced cell fusion in unicellular eukaryotes
https://doi.org/10.1101/2024.08.19.608569

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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