「ストレスに弱い」人は思考を止めづらくなっている

「今日はもう寝よう」と思っても、頭の中で仕事のことや明日の予定が次々と浮かんでしまう――。

そんなふうに、体は疲れているのに頭が冴えてなかなか眠れない夜を経験したことはありませんか?

世の中には、なにか気にかかる問題があってもすぐに眠れる人と、考えが止まらなくなって眠れない人がいます。

シンガポール国立大学(National University of Singapore)の研究チームは、こうした「ストレスがかかったときに睡眠がどれほど乱れやすいか」が、その人がストレスの影響をどれだけ受けやすいかを示す指標(睡眠反応性)になるという考えに基づいて調査を行いました。

そして研究チームは、この違いがどこから生まれるのかを日常生活のデータをもとに追跡し、その結果から、ストレスへの脆弱性とは、性格特性や心理的な弱さよりも思考を止めにくい脳の働きにあると報告しています。

この研究の詳細は、2025年10月に科学雑誌『Journal of Sleep Research』に掲載されています。

目次

  • 日常のストレスと睡眠の関係を追跡
  • ストレスへの脆弱性とは「思考が止まらない」性質

日常のストレスと睡眠の関係を追跡

同じようにストレスになりそうな問題を抱えていても、ぐっすり眠れる人と、頭が冴えて一晩中眠れない人がいます。

この違いを説明する鍵として、研究者たちは「睡眠反応性(Sleep Reactivity)」という性質に注目しました。

これはストレスがかかったときに睡眠がどれほど乱れやすいかを示す指標で、いわば「寝つき悪さ」を数値化したものです。

この値が高い人ほど、少しの不安や緊張でも睡眠が乱れやすく、慢性的な不眠に発展しやすい傾向があります。

従来の研究では、この「ストレスと睡眠の関係」を“過去1か月”や“過去1年間”を振り返るアンケートで調べることが多く、試験前、仕事の締め切り、友人とのトラブルなど、日々の小さなストレスがその日の眠りに与える影響を細かく捉えることは困難でした。

そこで研究チームは、“日常のストレスが眠りに与える影響をリアルタイムで追跡する”という新しいアプローチを取りました。

14日間にわたり、日常生活の中で自然に起こるストレスの変動を観察し、ストレスが「思考の活性化」や「睡眠の乱れ」とどう関わるかを検証したのです。

特に、ストレスに敏感な人(高反応群)とそうでない人(低反応群)を比較することで、「眠れない夜」が生まれる仕組みを探りました。

対象は大学生264人で、事前テストにより睡眠反応性の高い人と低い人を各30人ずつ抽出しました。

参加者はいずれも健康で、睡眠障害やうつ病などの診断歴はありません。

2週間、腕時計型の睡眠計(アクチグラフィ/Actiwatch)で「寝つくまでの時間(入眠潜時/SOL)」「眠った長さ(総睡眠時間/TST)」「夜中に起きた回数」を記録し、指輪型のセンサー(Oura Ring)で「寝る直前の脈」を測りました。

また毎晩、その日に感じたストレス要因(人間関係、経済問題、学業など)とその強度(0〜100点の自己評価)を就寝前にスマホに入力してもらい、翌朝目覚めてから昨夜の“寝つきづらさ”(入眠前の認知的覚醒/PSAS-C)について答えてもらいました。

こうして得られたデータは延べ840夜分(参加者60人を14日間追跡)にもおよび、ストレスと睡眠の変動を高精度で追跡することができました。

このように、毎日の実測データを取ったという点が本研究の最大の特徴であり、従来のアンケート調査では見えなかった「眠りとストレスの関係」を可視化することに成功したのです。

ストレスへの脆弱性とは「思考が止まらない」性質

こうしたデータを分析したところ、ストレスを強く感じた日の夜ほど、目が冴えて寝付きにくくなり、総睡眠時間を短くする原因となる傾向が示されました。

これは当たり前のことを報告しているように聞こえますが、注目すべきは、この影響が心拍数などの生理的高ぶりではなく、就床前の“思考の暴走”で主に説明できた点です

つまり、この研究が明らかにしたのは、「ストレス」から最も強く影響を受けるのが心や身体ではなく、睡眠の乱れであるという事実です。

そしてその原因として、「思考の止めづらさ」がカギである可能性が示されました。

興味深いのは、この「思考が止まらない脳の動き方」の個人差です。

研究チームは、日常的なストレスの影響を受けやすい人ほど、発想や思考を長く持続させる傾向が強いことを見いだしました。

つまり、ストレスに敏感な人は、単に心が弱いのではなく、思考を深める力が高い分、脳が休みづらいという特性を持っていたのです。

そのためストレスに弱く見える人は、問題を深く考え抜いたり、豊かな発想を生み出したりする力がある人なのかもしれません。

ただ、ストレスに対してはその力が悩みを反芻させ、心配事が止まらなくなり睡眠を阻害してしまいます。こうして起こる不眠の症状が、ストレスによる心身の衰弱のように見えるのです。

研究者たちは、このような脳の働き方を理解し、思考のスイッチを上手に切り替える方法を身につけることで、寝付きやすくなればストレス反応を軽減できる可能性があると述べています。

具体的には、認知行動療法(CBT-I)やマインドフルネス瞑想などが有効な手段とされています。

認知行動療法というのは、簡単に言えば、寝なければ行けないという脅迫的な考えをやめることです。

重要なのは、気になる問題に対する思考が止まらないという問題を自覚して、考えを逸らして自然に眠れる状態を作ることです。無理に布団に入って寝ようとすると、考えが収まらなくなってしまいがちです。

例えば「○時だから寝る」ではなく、実際に眠気を感じてから布団に入るようにする。20分以上眠れなければいったん布団を出て、静かにできる軽い行動(読書、深呼吸、照明を落としたリビングでお茶を飲むなど)をする。時計を見て時間を気にしないようにする。などです。

ストレスに弱いというと、なにか心理的な弱さに起因した問題に感じがちですが、実際は思考し始めると止まらないという性質に原因があるようです。

自分はストレスに弱いと感じる人は、自分のそんな脳の性質を理解することで、改善の道が見えてくるかもしれません。

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元論文

Sleep Reactivity Amplifies the Impact of Pre-Sleep Cognitive Arousal on Sleep Disturbances
https://doi.org/10.1111/jsr.70220

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

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