「なぜ昆虫は海にいないのか?」科学的な理由をわかりやすく解説!

昆虫

今わかっている生物種は全部で約200万種とされています。

そこにはヒトや犬、鳥、魚などが含まれますが、中でも圧倒的に多いのが「昆虫」です。

昆虫は現時点で約100万種が見つかっており(全体の半分!)、未知の種も含めればこの10倍以上は軽くいるだろうと言われているのです。

つまり、この地球は「昆虫の惑星」と呼べるわけです。

昆虫は極寒の地域から赤道直下の熱帯、乾燥した砂漠、空気の薄い高山など、ありとあらゆる環境に適応しています。

しかしそんなスーパー生物の昆虫でも唯一適応できていないのが「海」です。

陸上ではどこもかしこも虫だらけなのに、海にいる昆虫はほぼゼロ。

では、なぜ昆虫は海に進出できないのでしょうか?

目次

  • なぜ昆虫は海に「戻れない」のか?
  • 海と陸では「外骨格のレシピ」が全然ちがう!

なぜ昆虫は海に「戻れない」のか?

そもそも「昆虫」はどのように誕生したのでしょうか?

その起源は他のすべての動植物と同じく「海」で始まりました。

昆虫の祖先はもともと海にいた「ムカデエビ」という甲殻類だとされています。

ムカデエビはその名の通り、ムカデのように細長い体とエビのような硬い殻を持ち合わせていました。

今から4億年以上前、このムカデエビの一部が陸上に進出し、そこから長い年月をかけて昆虫へと進化したのです。

なぜ海だけには進出しないのか?
なぜ海だけには進出しないのか? / Credit: canva

昆虫の簡単な定義は、体が頭・胸・お腹の3つに分かれていて、胸の部分から左右に3本ずつ、計6本の足が生えていること。

そして私たちヒトのように内側から体を支える骨(内骨格)がなく、体表面を覆う外骨格のみで体を支えていることです。

そのため、昆虫は中がふわトロでやわらかく、外がパリッと硬いたこ焼きみたいな生き物になっているのですが、これは彼らが海にいた甲殻類の祖先から進化したためです。

エビやカニを食べても、中に魚のような硬い骨はありませんよね。

となると昆虫は海にいた甲殻類から進化したわけですから、海に戻るには少しばかり退化すればいいだけのような気もします。

現に海から陸に上がって、また海に戻った生物の例はあります。

イルカやクジラがそうです。

イルカやクジラの祖先はもともと海にいて、一度陸に上がって4本足となり、そこからまた海に舞い戻り、長い年月をかけて4本足をヒレへと変化させました。

ただこれを「退化」と呼ぶのは不適当であり、「適応進化」と呼ぶ方が相応しいでしょう。

なので、昆虫も海に戻るにはイルカやクジラのように適応進化すればいいのですが、これがムリゲー状態になっているのが現況です。

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Credit: canva(ナゾロジー編集部)

一応ですがウミアメンボのように、確かに海に住んでいる例外的な昆虫はいます。

しかしウミアメンボは海表面を漂っているだけであり、海中に潜ると死んでしまうので、完璧に海に適応しているかというと疑問です。

またユスリカやゲンゴロウの中にも海水で生きていけるものがいますが、彼らがいるのは浜辺の小さな海水だまりのような場所です。

ただ「ゾウアザラシシラミ」という、アザラシの体に寄生して深い場所まで潜れる昆虫もいますが、これは異例中の異例であり、昆虫全体としてはやはり海には適応できていません。

それはなぜなのか、現時点で最も有力な説を見てみましょう。

海と陸では「外骨格のレシピ」が全然ちがう!

「なぜ昆虫は海に進出できないのか?」

この問題はもう100年以上も前から議論されていることです。

これまでの説としては

1)塩分など海水環境に適応できない理由がある

2)水圧で体内の気管(昆虫が呼吸に使っている器官)が壊れてしまう

3)魚による捕食圧が高すぎる

4)昆虫が海で獲得できるニッチ(生態系での地位)が、甲殻類によって占有されており、後からつけ入る隙がない

といった様々な仮説が立てられています。

ただどの仮説も推測の域は出ておらず、科学的にスッキリした説明は提唱されていませんでした。

そんな中、東京都立大学と杏林(きょうりん)大学の研究チームが2023年に有力な新説を発表します(Physiological Entomology, 2023)。

それによると、謎の答えは昆虫と甲殻類における「外骨格のレシピ」の違いにあるとのこと。

一体どういうことか?

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Credit: 東京都立大学 – 昆虫学の大問題=「昆虫はなぜ海にいないのか」に関する新仮説(2023)

昆虫と甲殻類が遺伝的に近縁関係にあり、外骨格のレシピの一部も互いに共通している点は確かにあります。

例えば、エビの殻に含まれる「トロポミオシン」という物質は、私たちが毛嫌いする”黒光りのG”の外骨格にも含まれているのです。

しかしそれでも昆虫と甲殻類の外骨格には大きな違いがあります。

まずもって、甲殻類の殻は海水に豊富に含まれている「カルシウム(Ca)」を主原料として使っています。

カルシウムを材料とすることで、外骨格がより頑丈で重みが増すことになるのです。

これは天敵の攻撃から身を守ったり、海中の高い水圧に耐えるのに欠かせません。

一方で、4億年以上前に陸に上がったムカデエビは愕然としたことでしょう。

陸上には海とは違ってカルシウムがほとんどなかったからです。

しかし陸上でも乾燥や天敵から身を守るには硬い外骨格が必須。また昆虫は中がふわトロなので、外骨格がなければまともに歩けません。

「どないしよ?」と考えた昆虫の祖先はカルシウムではなく、空気中に豊富にある「酸素」を代用することにしました。

空気中には海中とは違って30倍以上の酸素量があったからです。

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Credit: 東京都立大学 – 昆虫学の大問題=「昆虫はなぜ海にいないのか」に関する新仮説(2023)

研究チームが調べたところ、昆虫は空気中にたっぷりある酸素分子に加え、「マルチ銅オキシデース2(MCO2)」と呼ばれる酵素をかけ合わせる化学反応によって、外骨格の硬化を行っていることが判明しました。

そしてこのMCO2は昆虫が独自に進化させた酵素であって、甲殻類には存在しないことがわかったのです。

ただ酸素を主原料としたことで、カルシウムを使ったときのような頑丈さは再現できませんでした。

しかし失うものあれば得るものありで、酸素を使うことで殻の大幅な軽量化につながり、そのおかげで昆虫は飛翔能力を獲得できたと考えられています。

このように、酸素は豊富だがカルシウムが欠乏している「陸上」と、酸素は少ないがカルシウムが豊富な「海中」とでは、外骨格の作り方が大きく異なるのです。

こうした違いが昆虫をして、海に戻ることを妨げている大きな原因だと言えるでしょう。

この障壁を無視して海に適応しおうものなら、軽すぎて海面にぷかぷか浮いてしまい、簡単に魚や海鳥の餌食となってしまうはずです。

またそもそもの話ですが、現時点では昆虫が海に戻るメリットは何もありません。

飛行能力を得て空中に進出できた生物はなかなかおらず、地上を闊歩する多くの凶暴な生き物から身を守ることに成功しています。

なので昆虫たちは「フッ、俺たちにレベルになれば海に戻る必要なんてないのさ」と高みの見物をしているのかもしれませんね。

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参考文献

昆虫学の大問題=「昆虫はなぜ海にいないのか」に関する新仮説
https://www.tmu.ac.jp/news/topics/35603.html

Why are there no insects in the sea?
https://whyevolutionistrue.com/2011/06/19/why-are-there-no-insects-in-the-sea/

Why insects aren’t successful at sea
https://www.odt.co.nz/lifestyle/magazine/why-insects-arent-successful-sea

元論文

Eco-evolutionary implications for a possible contribution of cuticle hardening system in insect evolution and terrestrialisation
https://resjournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/phen.12406

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: 大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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